命にかかわる難病の中には、原因不明なものがいくつか存在する。まして知らぬ間に進行してしまうのであれば、なおさらタチが悪いだろう。例えば、軽微な頭痛でも、繰り返すようなら要注意! 重篤な脳疾患と隣り合わせのままに生活しているかもしれないのである。
もやもや病––。どこかかわいらしい名前だと思って侮ることなかれ。突然死を招きかねない、厚生労働省が指定する難病の1つなのだ。東京都目黒区にある「けやき脳神経リハビリクリニック」の林祥史院長が解説する。
「心臓から脳に血液を送る『内頸動脈』、前頭葉や頭頂葉などに血液を供給する『中大脳動脈』といった主要な脳の栄養血管が徐々に狭窄あるいは閉塞し、その結果として、脳内の『穿通枝 』という細い血管が発達してしまう病気です。脳梗塞や脳出血のような致命傷にもつながります。名前の由来は、細かい血管がタバコの煙のように『もやもや』と映ること。厚生労働省の推計によると、患者数は人口10万人あたり6〜10人と少ないながら、日本人に多いことで知られています。なぜ日本人に多いのかなど、原因は解明されていません」
厄介なのは、発症していても無症状のまま生活できてしまう点だろう。
「脳の主要な血管が狭窄あるいは閉塞しても、細かい血管が発達することで血流が保たれています。せいぜい、脳の血流不足による軽い頭痛があるぐらいでしょう。ところが、運動などでたくさんの血流が必要になると、『TIA(一過性脳虚血発作)』という脳の動脈が一時的に詰まって、脳梗塞の症状が現れてしまうことがあります。脳卒中の前触れ発作とも呼ばれるだけに、早期に脳梗塞を発症するリスクを高めてしまいます」
有名人でいえば、歌手の徳永英明が01年に発症したことで知られている。16年には、脳梗塞発症予防のため開頭手術を受けている。
「初期症状として現れる、TIAに気づけるかどうかが重要となります。とりわけ『過呼吸』の時に起きる症状に注意しましょう。もっとも、いわゆる『呼吸が荒い』や『息苦しい』だけを指しているわけではありません。例えば、マラソンで走ったり、カラオケで息継ぎなしに高音域を歌ったりするのも過呼吸のカテゴリーです。いずれも呂律が回らなくなったり、片方の手足が麻痺したり、言葉がうまく話せなくなったりと異変が起きます」
激しく吸ったり吐いたりすると、脳内血管の二酸化炭素濃度が減少。組織に酸素が十分取り込まれていると体が判断して、血流が落ちてしまうのだ。いずれの症状も部分的に血流の滞りが見られるようで、
「呂律や言葉の問題は、『優位半球(主に左脳)』の前頭葉や側頭葉の虚血で起きます。言語や論理的思考などの機能が低下してしまう。また、手足の麻痺は、前頭葉のうち運動にかかわる領域の虚血が原因。虚血が発生した部分と左右反対側の手足に麻痺が起きます」
それでも「喉元過ぎれば熱さを忘れる」よろしく、一時的な症状を放置しがちなのである。
時には、皮肉にも症状が目に見えてわかることもあるようで、
「視野の中枢である『後頭葉』が虚血してしまうと、視野の一部が欠けてしまいます。よくあるのは、視野の半分が見えなくなるケースです。ちなみに、生活習慣病などから進行する動脈硬化でも視覚が欠ける症状が現れることがありますが、もやもや病は健康な状態でも発症する可能性があります。つまり、高血圧、糖尿病、高脂血症、喫煙、肥満などのリスク要因とは無関係なものとして考える必要があるのです」
不摂生とは無縁の生活を送っていようが、関係ないのである。また、主に発症する年代は、小児期と30代〜40代が多いという。
「子供の場合は、虚血発作で見つかるケースがほとんど。大泣きした後、縦笛を吹いた後、些細なところだと熱いスープを冷ますために息を吹きかけただけで症状が現れることがあります。30代〜40代は出血発作が多い。脱水や血圧が低下したなどのシチュエーションで、脳梗塞や脳出血が起きてしまいます。若くして動脈硬化のリスクがない場合は、もやもや病の可能性を視野に入れて検査が行われます」
検査はMRIによる脳の断面図や、MRAによる脳血管の立体画像を用いるのが主となる。そこで主要な動脈の閉塞や狭窄が確認され、後日脳血管撮影検査にて煙のような血管が確認されれば、もやもや病と診断される可能性は高いが、
「自己免疫疾患、髄膜炎、脳腫瘍、ダウン症候群、神経性維腫症I型、放射線照射の既往の6パターンは見た目の症状が似ているので別個として考えます」
繰り返しになるが、原因不明の疾患だけに生まれながらの素因もある。
「必ずしも遺伝する疾患ではありませんが、何かしらの遺伝要因があると推測されています。診断を受けたら、激しい運動や激しく息を吹きかける行為は厳禁です。国が指定する難病で、早期に見つかると薬物療法や手術療法で最悪のケースは回避できる可能性が高いですが、現在の医療では完治することがありません。それでも、ちゃんと診察を受ければ、医療費の助成などが受けられるので、早期のうちに医療機関にかかるようにしましょう」
医療ドラマでもテーマとなりうる、意図せずユニークな名称の疾患。突然死を回避するためにも、チェックリストで過去に症状が現れていないか確認するべし!
【「もやもや病」チェックシート⑦】
以下の項目のいずれか1項目でも当てはまれば医療機関へGO!
①身に覚えのない頭痛が続く
②めまいや吐き気がある
③呂律が回らなくなった
④顔あるいは片方の手足が麻痺している
⑤言葉がうまく話せない/言葉を理解できない
⑥視野の半分が見えなくなった
⑦意識を失うことがある
※動脈硬化因子(高血圧、糖尿病、高脂血症、喫煙、肥満)がないのに、上記の症状が一過性でも現れる場合は可能性大!
※上記の症状は過呼吸を起こす状態(カラオケ、笛を吹く、激しい運動など)で起こりやすい