コロナ禍を経て、テレワークはごく当たり前の働き方になった。職種によっては、会社に出社しなくても仕事が回ることが明らかになったのである。ところが、理想のワークライフバランスやタイムパフォーマンス向上の裏には、無視できない〝副作用〟も見え隠れ。知らず知らずのうちにメンタルをボロボロにしている可能性があるのだ。
「自宅で仕事をしていると、生活のリズムが乱れやすい。過集中で夜遅くまで残業したままプライベートな時間を過ごし、夜更かししてしまう人も少なくありません。夜型生活で朝寝坊を繰り返すようになったら要注意です。すでに『テレワークうつ』の入り口が見えているかもしれません」
こう警鐘を鳴らすのは、心療内科を専門にする「浅川クリニック」の浅川雅晴院長。テレワークの利点は通勤時間がないことだが、家中心の生活は油断ならないデメリットが存在する。
「幸せホルモンと呼ばれる『セロトニン』が不足しがちになります。朝の通勤時間がなければ、セロトニンの分泌を促す朝の日ざしを浴びるチャンスを逃すも同然。外を出歩かなくなるので運動不足にもなってしまいます。すると、副交感神経が働きづらくなり、深夜になっても寝つけない体になりかねません」
もっとも、「テレワークうつ」は通名で、医学用語ではない。その症状は「適応障害」に近いという。
「情報通信業や金融業のように、パソコンと向き合う時間の長い職業の方がなりやすい。主な症状は、気持ちが落ち込んでしまって人と会うのが億劫になったり、仕事そのもののやる気が起きなくなったりして、業務パフォーマンスが落ちるというもの。それらの症状は仕事中のみに現れるケースが多い。プライベートな時間になると元気が復活して、家族との団欒や友人と遊ぶのには支障をきたさないんです」
症状が現れても、テレワークが災いして周囲に気づかれにくいのが厄介だ。
「職場で仕事をしていれば、顔色の悪さや業務における変調を同僚がチェックできますが、自宅では人の目に触れることがありません。せいぜい、職場の人と会うのはリモート会議ぐらいでしょう。症状が進んでいても見逃されてしまうのです。最も注意が必要なのは、同居する家族がいない独身世帯。自宅で誰かに見られることがない上に、コミュニケーション不足から孤独感に苛まれやすいですからね。とりわけ、社内の飲み会に参加していたり、もともと同僚と業務中に世間話をしたりするタイプの人に症状が現れやすい傾向があります」
周囲の目がない環境はストレスフリーだと思いきや、思わぬ落とし穴も潜んでいるのだ。
「若手の場合は、業務上の不明点を上司にオンタイムで質問しづらい。どうしても、フォローされずに放置されていると感じてしまい、『自分が適切に評価されていない』と被害的な思考になりやすいんです。逆もしかりで、上司も部下に進捗状況を確認しづらい。互いに見えない顔色をうかがい合うような、面倒なシチュエーションに陥るケースもしばしばです。きちんとした連絡網が整備されていないと、余計なストレスを抱える要因にもなってしまいます」
やはり「報告・連絡・相談」はビジネスの基本。そこをないがしろにしてしまうと、あちこちで綻びが生じてしまうのだ。
中高年の場合は、長年の習慣を変えること自体がストレスになる。
「数十年出社していたのに、定年までのわずか2~3年だけテレワークに切り替えるのはメンタルにかなりのダメージを与えることになります。中高年にとって変化は必ずしも〝良薬〟にはなりません。10年以上営業職だった人が事務職に異動して、心を病んでしまうのと同じ。ジェネラリストを育成する『ジョブローテーション』も若手でないと耐えられない人事制度です。テレワーク推進の議論において、中高年世代は置き去りにされがちなんです」
ちなみに、発達障害などのハンディキャップがある場合もデメリットがあって、
「人付き合いの訓練ができません。企業側もADHDやASDだとコミュニケーションを苦手とするだけに、テレワークを推奨してしまうでしょう。ところが、家族以外の人とコミュニケーションを取る機会がめっきり減ってしまうので、人間関係を学ぶ機会がほとんどなくなってしまいます。せっかく、学校などで培った対人スキルも使わなければサビてしまうわけです」
時代に逆行するようだが、出勤日数を増やすことがメンタルを健康に導く。
「週に1~2日だけでも出勤すれば予防につながります。同僚に会って他愛のない世間話をするだけでも、プライベートな時間とは違ったリフレッシュになると思います」
自宅で仕事をするにしても、オンとオフの切り替えを意識することが肝要となる。
「ちゃんと仕事とプライベートを分けて、服を着替えるようにしてください。パジャマやスエットのまま始業時間を迎えるのはNG。身だしなみを整えることで、スイッチを上手に切り替えられるでしょう。さらに可能であれば、プライベート空間と仕事空間は別個に分けたほうがいい。無理ならば、週に1~2回は近所のファミレスやカフェで仕事をする時間を設けるのもよいです。日中に屋外で太陽光を浴びることもできますからね」
何よりも肝心なのは、終業後に会社PCの電源をオフにすること。プライベート用と兼用にするのはご法度だという。
「メリハリのなさは長時間労働にもつながります。配信ドラマやネットニュースは、私用のスマートフォンやPCで見るようにしてください。さらには『デジタルデトックス』ができれば満点。デジタル機器と距離を置く習慣があれば、心身のストレス緩和にもつながります。あと、毎日のお風呂をシャワーだけで済まさず、湯船につかることもオススメです。自律神経が整えられて、快眠にもつながります」
テレワークを快適に遂行するのも、やり方次第だ。
【「テレワークうつ」チェックシート⑬】
0~3項目 正常/4~6項目 軽症/7項目以上 中等症
①なんとなく体がダル重い
②仕事の業務効率が悪くなった自覚がある
③メールの文脈が乱れるようになった
④小さなミスが増えた気がする
⑤仕事のやる気が起きない
⑥寝つきが悪くて夜中に何度も目が覚める
⑦下痢、便秘、胃もたれのいずれかの症状がある
⑧頭痛、腹痛、腰痛のいずれかの症状がある
⑨将来の不安、孤独感を感じる
⑩他人に会うのが億劫だ
⑪今まで好きだったことができなくなった
⑫体重が3キロ以上減った
⑬ちょっとしたことでイライラする