前駐豪大使・山上信吾が日本外交の舞台裏を抉る!~「喧嘩両成敗」の陥穽~

 先日、イスラエル政府の高官と懇談していて粛然とすることがあった。

 話題は、2023年10月のハマスによるイスラエル攻撃。ハマスを始めとする武装勢力のイスラエルに対するテロ攻撃により、少なくとも婦女子を含む1200人が殺害され、5500人以上が負傷した。外国人を含む250人以上がガザ地区に連れ去られ、人質になった事案だ。これがイスラエルによる苛烈なまでのガザ地区での空爆、地上作戦を招き、イスラエルとハマスとの本格的武力衝突、そしてハマスへの壊滅的な打撃をもたらしたことは周知のとおりだ。

 くだんの高官の不満は、日本の外務省が発出した声明にあった。

 とりわけ、「何よりも重要なことは、更なる攻撃の応酬を回避し、事態を鎮静化させること」であるとして、「すべての当事者」に対して民間人の犠牲を防ぎ、事態をエスカレーションさせないための自制を求めていたことにあった。

 イスラエル政府の立場からは、最初に手を出したのはハマスであって、そこを厳しく非難することなくイスラエルに対してもハマスに対してと同様に自制を求めるのは納得がいかない、ということに尽きた。その後のイスラエルの反撃によってパレスチナ側の被害が甚大に及ぶにつれ、「始めたハマスもハマスだが、応じたイスラエルもイスラエル」との論調が日本でも高まり、イスラエル政府と日本政府とのコンタクトも限定されてしまったことへの根強い不満も積み重なっているようだった。

 この話を聞いていて思ったのは、評論家のように喧嘩両成敗的な対応をとることが、往々にして大事な友人の信頼を損なってしまう危険だ。

 イスラエルとパレスチナとの紛争は何世代にもまたがるものだ。だからこそ、国際社会は「二国家解決方式」を掲げて双方の歩み寄りと自制を求めてきた経緯がある。その観点からは、イスラエルによるヨルダン川西岸での野放図な「入植」は非難されるべきだ。

 だからといって、今回のハマスによる攻撃が容認されるものではない。中東専門家が分析するとおり、アブラハム合意などを通じてイスラエルが湾岸諸国との外交関係正常化を進め、ついにはあのサウジアラビアとの関係改善も視野に入れる中、事態の展開に焦燥感を抱いたハマス側がテロ攻撃を仕掛けたと見るのが至当だろう。その際に犯した殺人、人質取得の手法のむごたらしさを踏まえれば、まずはそちらを非難すべきとなるのは当然だ。

 顧みれば、日本外交、日本人の物事への接し方には、「全方位外交」「国連中心主義」などという、かつて頻繁に使われた空虚なスローガンからうかがえるとおり、他国の紛争に接して旗色を鮮明にすることを躊躇してきたきらいがある。1990年代初頭の湾岸戦争の際にも「ショー・ザ・フラッグ」と米政府高官に言われたと伝えられているのも、その一例だろう。

 イスラエルの入植、ハマスのテロ、イスラエルの過剰防衛。是々非々で判断をくだすのはつらく厳しい作業である。立場を明らかにすれば味方もできるが敵もできる。だが、そんなことを恐れていては、国益を追求することはできないし、国際社会での信用も得られまい。

 他者の紛争に巻き込まれることを恐れるあまりに「中立」を気取って良しとするようでは、日本の存亡が危殆に瀕した時に、「つかず離れず」を演じる頼りない国々を批判することなどできないと肝に銘じるべきだろう。

●プロフィール
やまがみ・しんご 前駐オーストラリア特命全権大使。1961年東京都生まれ。東京大学法学部卒業後、84年外務省入省。コロンビア大学大学院留学を経て、2000年ジュネーブ国際機関日本政府代表部参事官、07年茨城県警本部警務部長を経て、09年在英国日本国大使館政務担当公使、日本国際問題研究所所長代行、17年国際情報統括官、経済局長などを歴任。20年オーストラリア日本国特命全権大使に就任。23年末に退官。同志社大学特別客員教授(25年4月から)等を務めつつ、外交評論家として活動中。著書に「南半球便り」「中国『戦狼外交』と闘う」「日本外交の劣化:再生への道」(いずれも文藝春秋社)、「歴史戦と外交戦」(ワニブックス)、「超辛口!『日中外交』」(Hanada新書)、「国家衰退を招いた日本外交の闇」(徳間書店)がある。

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