店主である大前孝志氏(通称・キンちゃん)は元暴力団組員。覚醒剤取締法違反や暴行傷害など、いくつかの罪で収監されている。そんな過去を振り切り、現在はうどん店を2店舗経営し、無料提供で生活困窮者を支援しているのだ。
コロナが蔓延した時期、うどんが余ったことから開始したサービスだが、今でも続けている。とはいえ、一般客が遠慮をするのは当然。キンちゃんは杖をついている人や、冬場でも半ズボンやクロックスをはいているような人を中心に声がけしている。
「おっちゃん、今日は温まっていこう。うどん食べへんか?」
優しい声を1人の老人にかけると、老人は吸い込まれるように店内に入り、湯気の立つ1杯のかけうどんをすすりこんだ。
キンちゃんとマネージャーの上田雅氏は、有料の一般客と無料の彼らとで隔たりのない接し方を心掛けているようだ。
キンちゃんが言う。
「腹が減ると、人間ロクなことを考えない。空腹でなければ、犯罪にも走らないと思う。悪いことしかしてこなかった俺が人の温かさを知って改心したのは、身に覚えのない罪でフィリピンに逃亡していた時、現地のおばちゃんに弁当と水をめぐんでもらった時のことだ。泣いたよね」
上田氏もうなずく。
「そうそう。大きな人生の転機やね。僕もここにキンちゃんと立っていて、そう痛感させられますよ」
実際、日本の万引き犯罪の数多くが生活困窮者によるものであり、1個の握り飯を求め、つい盗みを働いてしまっているのだ。見た目はコワモテのキンちゃんだが、誰でもできないことを当たり前のように行う心の広さに筆者は感銘を受けた。
キンちゃんは商売も安定していて、無料うどんの提供を続けることができている。一方、他のボランティアでの炊き出しなどは、折からの米や野菜の価格高騰も響いて大変だと聞かされた。
「ボランティアの人は頑張ってくれとるけど、米の量が前より約30〜40%減や。メニューも雑炊だけやなく、すいとんやクズ野菜のうどんが増えたな。おかずとまでは言えんけど、飯に肉じゃがをぶっかけたようなもんとか、くふうはしてくれとるけどな」(日雇い労働者)
炊き出しには、200人程度もの生活困窮者の行列ができる。その際、癒やしを運ぶアイドルが姿を見せて一服の清涼剤となっている。
「『アメ配り娘』言うて、みんなにアメを配り歩いてくれる近所の小学生の女の子がいるんや。もともとはオカンと一緒に配ってたんやけど、今は彼女1人でやっとるな」(日雇い労働者)
炊き出しがない日は、もちろんキンちゃんの無料うどんもあるが、基本的に、テイクアウトできる販売店に売られている食料品は惣菜100〜200円の間。200円の弁当や100円のラーメン、うどんなどで食いつないでいるという。「スーパー玉出」の特売日には行列ができる。
他にも、西成にある飲食店のゴミ漁りや、小規模のボランティア団体からの期限切れの弁当の配給でも食いつないでいく。ここではたくましくなければ生きていけないのだ。
「夏場には、なぜか長袖を着ている元アウトローな方々も独自の炊き出しを行っています。こちらは仕入れてきた食材がたんまりとあって、なぜか豪華なんですよ。理由はよくわかりませんが‥‥」(地元関係者)
フリーライター・丸野裕行
(つづく)
※写真は西成警察署