1月20日にワシントンでトランプ大統領の就任式が行われた。就任演説でトランプ氏は、従来、アメリカで重要な原則としていた事柄のいくつかを大胆に変更すると表明した。その1つがジェンダー問題だ。
〈米国のトランプ大統領が就任初日、トランスジェンダーの権利を否定する大統領令に署名した。日本でも、当事者は「扇動の恐怖を感じる」と懸念し、識者は「権力側によるヘイト」と厳しく指摘した。
20日の大統領令は「生物学的な男女」のみを性別として認めるとし、性別の移行や男女以外の性自認を否定する内容だ。
(中略)「政治的な戦略によって、人口の1%程度であるトランスの人たちが攻撃対象にされ、公権力によるヘイトと言うべき状況が生まれている」と指摘するのは、米国政治に詳しい三牧聖子・同志社大院准教授。
こうした主張は大統領選中から繰り返され、トランプ氏の陣営は「カマラ(・ハリス前副大統領)は彼らのため、トランプ大統領はあなたのため」とのスローガンを掲げた。「人びとが物価高に苦しむ中、民主党は庶民の暮らしに無関心で、LGBTQの権利などに汲々としていると印象づけようとした」と三牧さん。これに対してハリス氏は、共和党に攻撃されることを恐れ、トランスの権利についてほぼ沈黙を貫いたという。〉(1月22日「朝日新聞」朝刊)
この記事を読むと、トランプ大統領の判断は、極端に反動的であるかのように見えるが、ここで一歩立ち止まって冷静に考えてみる必要がある。フランスの歴史人口学者・家族人類学者のエマニュエル・トッド氏は、こう述べている。
〈単に自分の好みにしたがって身分証に登録するだけで「ジェンダー」を変えられるという主張、特別な衣服を着用したり、ホルモン剤を摂取したり、手術を受けたりすることで「性別」を変えられるという主張は、「性の平等」や「同性愛者の解放」とは、まったく別問題なのだ。私の意図は、個人が自らの身体と「生き方」を自由に扱う権利を拒否することにはない。アメリカで、より一般的には西洋世界全体で、「トランスジェンダー」が中心的な問題になっていることの社会学的意味と道徳的意味─この二つは分けられない─を摑むことである。事実は単純なので、手短に結論を言おう。遺伝学によれば、男(XY染色体)を女(XX染色体)に変えることはできないし、その逆もまた不可能である。にもかかわらず、それができると主張することは、虚偽を肯定することで、典型的なニヒリストの知的行為である〉(エマニュエル・トッド〔大野舞訳〕『西洋の敗北─日本と世界に何が起きるのか』文藝春秋、2024年、275~276頁)
トランプ氏は同性愛者の権利を否定しているわけではない。生物学的性の変更は不可能であるという事実に基づいて、公文書への性別記載を行うようにするという方針を定めたに過ぎない。トランプ氏はジェンダー問題におけるニヒリズムから訣別しようとしているのだ。
佐藤優(さとう・まさる)著書に『外務省ハレンチ物語』『私の「情報分析術」超入門』『第3次世界大戦の罠』(山内昌之氏共著)他多数。『ウクライナ「情報」戦争 ロシア発のシグナルはなぜ見落とされるのか』が絶賛発売中。