国民民主党が提唱し、自民・公明を含めた3党で協議を行っている「年収103万円の壁」の見直しだが、撤廃されて最も得をするのは高所得者だ。
国民民主党を支持した人たちは、そのカラクリを知っているのだろうか? もちろん、与党は百も承知なのだが、国民民主党の協力を得ないと何も進まない政治状況のため、財政を毀損するだけの103万円の壁を、どこで再設定するかを話し合っている。
そして、あまり報道されていないが、もう一つの壁である「年金の壁」の再設定も議論が進んでいる。こちらは高所得者だけが優遇される内容だ。
人手不足の世の中で、65歳を過ぎても働いている人は多い。自営業者などが加入している国民年金は60歳で支払い義務は終わるけど、会社勤めの人は65歳を過ぎても厚生年金を支払うことになり、70歳まで保険料を払いながら働くと、その分、もらえる年金も増える。
2019年には「老後2000万円問題」が発覚した。サラリーマンの厚生年金で出る老齢年金だけでは生活が支えられないから、自分で2000万円くらいは用意しないと老後の資金が足りないという問題だ。
多くの人がため息をつきながらあきらめたのが定年後の優雅な隠居生活。そんなことは夢のまた夢で、働けるうちは働かないと生活していけない現実である。
そして、少ない年金を増やす方法として「繰り下げ受給」があることも学んだ。本来は65歳から受給できるが、66歳以後75歳まで、1カ月単位でもらい始める時を自分で決められるというものだ。1カ月ずつ遅くもらうことになれば、0.7%ずつ年金が増える。
例えば65歳で年に100万円の年金が出る人が12カ月もらい始めるのを遅くすると、0.7%×12カ月分(8.4%)が増えて、66歳からは108万4000円がもらえる。しかもこれが死ぬまで続く。仮に70歳まで5年間、受給を先延ばしにしたとすると42%も増える。65歳の時は年100万だった年金が年142万円になるのだ。
ただし、70歳未満で会社などに勤めていて、厚生年金に加入している人は、在職老齢年金制度の落とし穴がある。65歳以降でもらう年金の厚生年金部分、基礎年金の1階部分ではなく報酬比例の2階部分と、毎月もらう給料を合わせて50万円を超えた場合は、年金が減額されてしまう。これは繰り下げ受給の手続きを取っていたとしても減額の対象となる制度なのだ。
とはいえ、この年金減額システムは、大多数の人には関係のない話。もらえる年金も、65歳を過ぎてからの給料も、そこまで多くないからだ。
65歳を過ぎたサラリーマンや公務員男性の年金は、月額平均で17万1000円(年間205万円)。基礎年金部分が75万円として報酬比例部分は130万。月に11万弱ということは、年金と給料で50万円を超えるためには、65歳を過ぎても40万円以上の高給取りでないと、先に書いた年金減額の対象にはならない。
ところがだ。現役時代の給料が高かった人は、平均よりはるかに多くの年金をもらっているし、そういう恵まれた人は65歳以降も高給で処遇される。こうした恵まれた人の年金だけが減額されるわけだ。
年金を収める時には、社会保険料で税金を安くしてもらい、年金自体も税金を多く投入して支えている。社会福祉の側面があるのが現状である。だから、恵まれた人には少し我慢してもらえばいいと思うのだが、減額なんてとんでもない。高い年金も高い給料も70歳までもらい続けたいという声が上がった。そこで、この恵まれた人たちの年金減額制度も見直しの対象になっているのだ。
こうして、恵まれた高齢者と、生活に困窮する高齢者の格差がどんどん広がっていくのだ。
佐藤治彦(さとう・はるひこ)経済評論家。テレビやラジオでコメンテーターとしても活躍中。8月5日に新刊「新NISA 次に買うべき12銘柄といつ売るべきかを教えます!」(扶桑社)発売。