91歳の鉄人アスリート「生涯ゴン攻め」を大いに語る(6)「競技生活をしぶとく続けていきたい」

 その後、3週間の入院生活では最初の10日間は、患部を固定するために寝たきりを余儀なくされる。年齢からして競技はおろか日常生活に復帰することも容易ではないかと思えたが、

「首以外の固定を外してもらった時はロクに歩けませんでした。それが、2日目には普通に歩けるようになって、数日後には早歩きもできるほど回復した。自分では歩いていたつもりだったんですが、リハビリの先生に『走ったらダメ』とよく注意されたもんです。言われてみると、昔からケガの治りは早い方だったかも。トライアスロンで肋骨を骨折して3日でくっついたこともありますし(笑)」

 退院から約7カ月後にはアイアンマンレースに出場。幸運だけでなく「驚異の回復力」という天賦の才がなければ、成し遂げられることはなかっただろう。

 そして何より、稲田氏は周囲のサポート体制にも恵まれていると強調する。

「週に1度、通っている整体の先生には、世界選手権でも何度か助けてもらっています。ある時は、レース前日にせき込んだ拍子にギックリ腰になってしまったんだけど、たまたま別の選手のケアのために同じ宿舎にいた先生が駆けつけてくれた。それこそ、朝7時のスタート直前まで治療してくれたおかげで痛みもなく226キロを完走できちゃった。いつも、治療前に1時間ほどの体幹トレーニングを先生と一緒にするんですが、これがかなりキツい。実は、先生もトライアスロンの選手だから追い込んでくるわけ。ありがたいことに、『10代の連中でもヒイヒイ言っているのに平気な顔でやるのはすごい!』と誉めてくれるから、こちらも頑張ることができる」

 残念ながら、6月に開催された世界選手権の予選はタイムオーバーで失格となってしまった。それでも挑戦者魂は今も燃えている。

「この8月は長野の志賀高原で2週間ほどの合宿をする予定です。酸素の薄い高地トレーニングはとんでもなくしんどいですが、ここを乗り越えたら、平地でのパフォーマンスが大幅に上がります。この年齢からタイムを速くするのは難しいかもしれませんが、競技生活をしぶとく続けていくのが、今の目標です」

 90代でのアイアンマンレース完走─。我々は前人未到の記録更新を、そう遠くない日に目撃することになりそうだ。

稲田弘(いなだ・ひろむ)1932年11月19日生まれ。NHKを定年退職後、水泳を始めたことをきっかけに70歳でトライアスロンに挑戦。76歳で最も距離の長いアイアンマンレースに初出場。79歳で挑んだ世界選手権で15時間38分のタイムで年代別王者に。同大会で85歳の「最高齢完走」ギネス世界記録を樹立した。現在も記録更新を目指す

*週刊アサヒ芸能8月15・22日号掲載

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