91歳の鉄人アスリート「生涯ゴン攻め」を大いに語る(4)「朝食」で過酷なレースに耐えうる肉体を作る

 日本人男性の平均寿命は81歳、健康寿命はせいぜい70歳だという。それを、はるかに超えた年齢で、トライアスロンの最高峰「アイアンマンレース」にチャレンジする男がいる。過酷な競技に耐えうる〝鋼の肉体〟は、どのようにして作られたのか。その秘密に迫る!

 鉄人アスリートの1日は台所に立つことから始まる。慣れた手つきで肉や野菜を切り分けていく。みごとな包丁さばきはサラリーマン時代の単身赴任生活で培ったものだという。適当なサイズにした具材を、豪快に2つの鍋でグツグツと煮込んでいく─。

「1つは野菜メインのコンソメスープ。葉物、根菜、きのこ類はもちろん、旬の野菜を意識して摂るようにしています。あと、青魚が体によいと聞いたので、サバ缶を汁ごと入れる。これがいい出汁が出るんだよ(笑)。最後に黒酢とケチャップを目分量でドバッと入れちゃいます」

 朝のルーティンを淀みなく熱弁するのは、91歳にして現役アイアンマンレーサーの稲田弘氏。スイム3.8キロ、バイク180.2キロ、ラン42.2キロと総距離226.2キロに及ぶ過酷なレースに耐えうる肉体を維持するために、食事には並々ならぬこだわりを見せる。

「もう1つの鍋には豚肉や鶏のムネ肉がメインの中華風スープで、アサリやシジミなどの貝類も入れる。仕上げに少しの味噌とゴマを加えます。時にはシナモンパウダーをかけて‥‥」

 中華風の味噌味にシナモンの取り合わせは、あまり美味とは思えないが、

「味は二の次で栄養が最優先です! 実は初めて出場した世界選手権をスイムでリタイアしているんです。原因はレース前にバナナやオレンジを食べ過ぎたこと。泳ぐ前からお腹がたぷたぷで気持ち悪くなっちゃってね。1種目目で脱落したのは出場者2500人中1人だけ。とにかく情けなくて‥‥。以来、食事も練習の一環として意識して取り組むようになりました」

 こう断言するだけに、ストイックな朝食はまだまだ続く。

「2種類のスープの他にも、食物繊維やビタミンBが豊富なライ麦の食パンにハチミツとブルーベリージャムをたっぷりかける。飲み物は無調整の豆乳にこだわっています。昔は牛乳を飲んでいたんですけど、バランスを考えて植物性のタンパク質を摂った方がよいと考えまして。あと、料理をしながらリンゴとバナナもツマみます。果物は食事の30分前に摂ると効率よく栄養を吸収できるそうで、行儀が悪いのは大目に見てください(笑)」

 調理から食事を終えるまで実に約2時間かける。食後のコーヒーで一息つく際も、栄養価を考えてミックスナッツを欠かさない。強靭な肉体は強靭な胃袋から生み出されていたようだ。

「正直、ウンザリしながら食べています(笑)。このぐらいの量、若い頃ならヘッチャラだったんだけど」

 稲田氏の「若い頃」とは、てっきり青年時代かと思いきや、「80代だ」というから驚きだ。ちなみに、トライアスロンの全盛期は「80歳前後だった」ようで、まさに〝生涯青春〟を謳歌しているのだ。

稲田弘(いなだ・ひろむ)1932年11月19日生まれ。NHKを定年退職後、水泳を始めたことをきっかけに70歳でトライアスロンに挑戦。76歳で最も距離の長いアイアンマンレースに初出場。79歳で挑んだ世界選手権で15時間38分のタイムで年代別王者に。同大会で85歳の「最高齢完走」ギネス世界記録を樹立した。現在も記録更新を目指す

(つづく)

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