イランを訪れていたイスラム組織ハマスの最高指導者ハニヤ氏が、7月末、首都テヘランの宿泊先で何者かにより殺害された。事件を受けイランの最高指導者ハメネイ師は、ハニヤ氏の死の復讐をするのは「イランの義務」として、イスラエルに対し「あなたたちは我々の大切な客を我が国で殺害し、厳罰への道を開いた」と痛烈に非難した。
ところが、8月1日付の米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)が、この暗殺事件は当初、イラン側が発表していた飛翔体によるものではなく、2カ月前に宿泊施設に設置された爆破装置が遠隔操作で起爆したため、との衝撃的記事を掲載。さらに翌2日の英紙テレグラフも、部屋に爆発物を設置したのはイスラエルの対外情報機関「モサド」が雇ったイラン人だったと報じたことで、中東諸国だけでなく、世界じゅうに衝撃が走った。
「ニューヨーク・タイムズによれば、逮捕されたのはイランの情報機関幹部や軍関係者に加え、ハニヤ氏が滞在していた建物のスタッフなど計20人ほど。一方のテレグラフ紙は、モサドがイランの治安部隊を雇い、当初、ハニヤ氏がヘリコプターの墜落事故で死亡したライシ前大統領の葬儀出席の際に殺害する計画だったものの、他の要人が多すぎて実行に及べず、結果、宿泊先へ爆弾を設置する計画に切り替えたと伝えています。これが事実であればイランの面目は丸潰れになるどころか、地に落ちることは間違いありません」(外報部記者)
当然ながら、両紙の報道に対しイランの精鋭軍事組織「革命防衛隊」は3日に声明を発表し、これらを全面否定。ハニヤ氏殺害に関しては、当初から発表している通り弾頭を装着した短距離飛翔体が使用され、それが宿泊施設の敷地外から発射されたと改めて主張。イスラエルが殺害を計画、実行し、それを米国が後押しした、といった主張を繰り返している。
「事件について現段階でもイスラエルは沈黙を貫いていますが、ハマスのトップが常にモサドの暗殺リストのトップにあったことは紛れもない事実。ただ、ハニヤ氏は強硬派であり最重要人物でもありながら、パレスチナ自治区ガザでの戦闘の停戦を含め、イスラエルとの外交交渉も担ってきた人物ですからね。この殺害計画の背後にモサドの存在があるとなれば、イスラエルはハニヤ氏を殺害することで、ハマスやイラン側にあえて交渉の道を閉ざすという意思表示をしたことになる。事件後、周辺アラブ諸国もイランに対し緊張緩和を呼びかけているようですが、イランの治安部隊関係者がモサドの手先となってハニヤ氏殺害に関与していたとなれば、イランとしては、なおのこと一刻も早くイスラエルを攻撃し、アラブ諸国からの非難をかわすしかメンツを守る手立てはない。ここ数日はいつミサイルが飛び交う事態が起こっても不思議ではありません」(同)
現在アメリカは、イランのイスラエルへの報復攻撃に備え、中東地域に海空軍戦力を増派。レバノンにいる自国民に対し、直ちに撤収を勧告しているが、むろんイスラエルを敵視しているのは、ハマスやイランだけではない。
「イランと深いかかわりを持つレバノン武装政派ヒズボラも、イスラエルのベイルート空襲により最高位級幹部を殺害され、その際には必ず報復する、と宣言しています。そのため今回の問題でイランが動けば、ヒズボラなどの代理勢力も加わり、総攻撃を仕掛けてくる可能性も否定できない。そうなればアメリカも黙ってはいられないでしょう。しかもイランはロシアとの関係も深く、ヒズボラは北朝鮮とかねてから親密な関係にある。ウクライナ問題だけではなく、この中東戦争が第三次世界大戦の火種になることも十分考えられるというわけなんです」(同)
ハマスにイラン、ヒズボラ、そして北朝鮮とロシア…。一方、イスラエルとアメリカ、韓国、台湾…。戦争が始まれば、日本も対岸の火事では済まなくなる。
(灯倫太郎)