「金正恩バッジ」「親しいオボイ」で激変する北朝鮮の人民統率

 またもや、先月26日早朝、東海上に極超音速中距離弾道ミサイル(IRBM)と思われるミサイルを発射した北朝鮮。翌27日の労働新聞は「ミサイル技術力高度化目標達成で重大な意味を持つ、個別機動戦闘部(弾頭)分離および誘導操縦試験に成功した」と鼻高々に報じたが、韓国軍は、発射されたミサイルは途中で空中爆発した可能性が高いと伝えている。

 さて、相変わらず執拗なまでにミサイル発射を続ける金正恩総書記だが、北朝鮮国内では同氏の偶像化に向け、激しい変化が起こっているという。北朝鮮ウォッチャーの話。

「象徴的な出来事が『金正恩バッジ』の登場です。これまで北朝鮮では、幹部や住民は正恩氏の祖父・金日成主席と父の金正日総書記2人の顔を並べたバッジを胸に着けることが一般的でした。ところが、29日に行われた朝鮮労働党中央委員会総会では、出席した幹部たちは全員、正恩氏の肖像が描かれたバッジを胸につけていました。正恩氏が事実上の最高指導者に就任してから10年余り。これも正恩氏が内部統率に自信を深めたことで、先代の威を借りる必要がなくなった証だとみられますが、今年4月15日の日成氏生誕日にも今まで使っていた『太陽節』という名称から『4月の名節』に変更。また5月には、党幹部を養成する学校に、日成、正日両氏の肖像画と並び自身の肖像画も掲げましたからね。いよいよ正恩氏の偶像化が本格的に始まったとみていいでしょう」

 さらに、最近公開された歌謡曲「親しいオボイ」(オボイは父や母、敬慕する最高指導者を指す)では、正恩氏を敬称なしで「金・正・恩」と呼び、親近感を演出していた。

「29日付の労働新聞によれば、この『親しいオボイ』が今、世界的に大反響を呼んでおり、『海外の動画共有サイトの視聴者が1100万人に達した』と、記事では伝えています。この曲のPVは、『最高指導者お抱えのアナウンサー』と知られるリ・チュンヒさんを始め、兵士や労働者、学生など老若男女が曲に合わせて正恩氏を熱狂的に讃えまくるというものですが、かねてから北朝鮮には将軍様を讃える曲は数多くある。そして、その代表が『将軍様は縮地法を使われる』と歌った、北朝鮮国民なら誰もが知るプロバガンダ曲なのです」(同)

 縮地法というのは、いわゆるテレポーテーションのことで、かつて北朝鮮では金親子を神格化・偶像化するために「金正日氏は初めて挑戦したゴルフで38パー以下を記録し5回ホールインワンを決めた」「金正恩氏は3歳で車を運転していた」等々、こんなトンデモ伝説を大真面目に流布。その最たるものが「金一族はテレポーテーションが可能」というものだった。

「金一族には『Chukjibop』と呼ばれるテレポーテーション能力があり、それで地球を折り畳み、瞬間高速移動できるというんです。伝説によれば、日成氏はその能力を使い、大日本帝国の兵士と戦い勝利したのだとか。ただ、時代は変わり、さすがに国民の間にもそんなバカげたことが起こるはずはない、との認識が高まった。そこで正恩氏のツルの一声で、神話をより現実味のあるものにシフト。結果、2020年5月20日付の労働新聞が、『実際には、人は空間を折り畳んで消失したり、再び現れたりすることができません』と報道し、能力の存在を否定したと伝えられています」(同)

 ヨーロッパへの留学経験もあり、西洋の考え方を身に付けている正恩氏としては、さすがにテレポーテーションは突飛すぎると考えても不思議はない。ともあれ、祖父や父の威を借りることがなくなった今、独裁者正恩氏の偶像化が加速することは間違いなさそうだ。

(灯倫太郎)

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