前駐豪大使・山上信吾が日本外交の舞台裏を抉る!~「不倫の外務」と呼ばれる実態~

 40年前、就活で外務省の門を叩いた頃、先輩方から穏当でない話を聞かされた。

「自殺の大藏(今の財務省)、不倫の外務、汚職の通産(経産省)」

 学生心には、そんな中で外務省が一番魅力的に見え、迷うことなく入省を決めた(笑)。

 確かに、地味な灰色の霞が関にあっては、外務省は華やかな職場として知られてきた。かつてテリー伊藤氏が著した「お笑い外務省機密情報」で面白おかしく記されていたが、大体、その通りだ。「お洒落で魅力的な女性が多い」とは、他の省庁から出向してきた人たちが異口同音に漏らす感想だ。実際、出向中に外務省職員の女性と恋に落ちてゴールインする人も少なからずいる。

 また、外交が本当は地味で粘り強い取り組みが必要な仕事なのに、一見、華やかに見えるせいだろうか?外務省職員はモテる。入省一年生の時に、恥ずかしながらある女性雑誌に出る機会があったが、その後、実際にそうした一面を体験したのは良い思い出だ。

 課長時代、他省庁と迷った学生と面談した際、「何を迷っているのか?外務省に来れば合コンに来る女性のレベルが違うぞ」と囁くと、大抵の男子学生は嬉しそうに頷いて外務省に来てくれたものだ(笑)。

 そんな柔な雰囲気が漲っているものだから、「不倫の」という形容詞には、むべなるかなの感がある。実際、狭い役所の外に出て勝負できないような不逞の輩が、上司部下、先輩後輩といった「特別権力関係」を笠に着て、エレベーター内で抱き着く、執拗に食事に誘うといったケースは引きも切らない。もっとたちがよくないのは、他の組織からやってくる連中の中に、「不倫の」組織にいる間に甘い汁を吸っておこうとばかり、悪さを働く連中がいることだ。ジュネーブ代表部時代には、そんな事例を嫌というほど見せられた。

 だから、課長になってからは、部下や後輩に訓辞を垂れたり、アドバイスを求められるたびに、「外で勝負しろ」「口説いてみろ」と説諭したものである。そのせいではないだろうが、かつては機内でCAを口説こうとする猛者がひしめいていた。内向きでない勢いがあった時代でもあった。

 だが、深刻な話がある。結婚生活が長続きしないのだ。これは「不倫」というよりも、外交官の仕事の特殊性からくるようだ。慣れない外国での暮らしや社交は、国内での公務員生活とは180度異なる。配偶者側がそうした環境に順応できずに結婚生活が不幸な結末を迎えた例は枚挙にいとまない。

 1984年に入省した私の同期の間では、25人中、半分以上が離婚経験者だ。かくいう私もその一人だ。

 離婚に至らずとも、外交官として大使など大輪の花を咲かせる時期を迎えても、在外の任地に同行しない例が増えている。外交は一人ではドアが開かず、夫婦揃って初めてドアが開くことが多いのが常道であるにもかかわらず、誠にもって残念な事態だ。

 先日、ワシントンに出張したところ、大使も次席も単身赴任だと聞かされた。日本外交は大丈夫なのだろうか?

●プロフィール
やまがみ・しんご 前駐オーストラリア特命全権大使。1961年東京都生まれ。東京大学法学部卒業後、84年外務省入省。コロンビア大学大学院留学を経て、00ジュネーブ国際機関日本政府代表部参事官、07年茨城県警本部警務部長を経て、09年在英国日本国大使館政務担当公使、日本国際問題研究所所長代行、17年国際情報統括官、経済局長などを歴任。20年オーストラリア日本国特命全権大使に就任。23年末に退官。TMI総合法律事務所特別顧問や笹川平和財団上席フェロー、外交評論活動で活躍中。

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