前駐豪大使・山上信吾が日本外交の舞台裏を抉る!~外交界の大谷翔平を育てる~

 縁あって、今年4月から同志社大学の大学院や法学部で特別客員教授として教鞭をとることとなった。

 むろん、私は一昨年末に外務省を退官するまで40年間にわたり職業外交官として活動してきた実践家であって、研究者ではない。外務省にあっては、いわゆるアメリカン・スクール出身で、米国コロンビア大学国際関係論大学院に留学し、その後、ワシントン、香港、ジュネーブ、ロンドンで勤務し、最後はキャンベラで駐豪大使を務めた。キャリアの過程では、主として米国と中国との外交問題への対応に注力し、本省では国際法局で長年勤務するとともに、インテリジェンス、貿易交渉それぞれを担当する局長ポストも経験した。

 そんな中にあっても、かつて中央大学法学部や東大公共政策大学院で非常勤講師を務めていたこともあり、本年からの京都での機会を大いに楽しみにしている。外交の現場を体験した者として、学生に伝授できるものをすべて伝授したいと思う。

 大きな夢は、「外交界の大谷翔平を育てる」ことに尽きる。

 今やスポーツの世界を見れば、野球の大谷翔平選手をはじめ、サッカー、テニス、ゴルフ、バスケ、体操、卓球、フィギュアスケートなど、各方面で世界を舞台に活躍するアスリートを日本は輩出している。それなのに、政財官界はどうか?世界で勝負できる人材が極めて貧弱であることは誰しも否定できないだろう。

 その背景には、日本の学校教育制度では生徒が先生から受動的に教わることが主となり、口頭でのプレゼンテーション(発表)能力が鍛えられないことがあると受け止めている。大抵の日本人は知的刺激に富む話ができないと見られてしまっているのだ。また、日本社会が中途半端に大きいために敢えて海外に打って出る必要がなく、社会全体が内向き志向になっていることも大きな要因だろう。

 そうした点を冷静に踏まえた上で、同志社での授業では、国際情勢の読み方やそれに対する日本の取るべき対応をじっくり講義することに加えて、大学院生、大学生それぞれのレベルでプレゼン能力を大きく伸長させる手助けをしたいと切望している。これは学生が卒業後に世界に羽ばたくだけでなく、それぞれが選んだ分野で貴重な活躍をするための重要な基礎を作ることになると信じているからである。

 具体的には、「英語スピーチ技量養成講座」を開講し、実際に外交の現場で行われている英語スピーチを教材に取り上げつつ、発音は日本人英語であっても全く構わないので、人前で英語を話すことに慣れ、物おじせずに自分と日本を売り込んでいく能力を育てる。

 また、「外交問題徹底討論講座」も開き、毎回の授業ごとに様々な外交問題を取り上げて学生同士でディベートを行い、歴史戦・外交戦で勝ち抜けるような人材の養成を目指そうと思う。

 すべては新たな試みであり、期待半分、不安半分といったところだ。でも、国家百年の計は教育にあり。日本社会全体を覆っている今の閉塞感を打破できるような人材が京都の地から巣立っていくことを祈念している。

●プロフィール
やまがみ・しんご 前駐オーストラリア特命全権大使。1961年東京都生まれ。東京大学法学部卒業後、84年外務省入省。コロンビア大学大学院留学を経て、2000年ジュネーブ国際機関日本政府代表部参事官、07年茨城県警本部警務部長を経て、09年在英国日本国大使館政務担当公使、日本国際問題研究所所長代行、17年国際情報統括官、経済局長などを歴任。20年駐豪大使に就任。23年末に退官。同志社大学特別客員教授等を務めつつ、外交評論家として活動中。著書に「南半球便り」「中国『戦狼外交』と闘う」「日本外交の劣化:再生への道」(いずれも文藝春秋社)、「歴史戦と外交戦」(ワニブックス)、「超辛口!『日中外交』」(Hanada新書)、「国家衰退を招いた日本外交の闇」(徳間書店)等がある。

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