ロシアのプーチン大統領が新閣僚を任命する一連の大統領令に署名、第5期政権の新内閣が発足したのは5月14日のこと。今回の閣僚人事では、ミシュスチン首相は続投させたまま、蜜月だったショイグ国防相を更迭し、後任に経済専門の第1副首相だったアンドレイ・ベロウソフ氏の起用となった。
ただ、安全保障会議の中枢を担うニコライ・パトルシェフ氏の派閥と、産業界を牛耳る国営企業トップ、セルゲイ・チェメゾフ氏の派閥両方にはしっかりと気遣いした、いわば「均衡人事」だったと言われている。
ロシアウオッチャーが語る。
「これまでも人事や政策決定の際には、旧KGB派閥の合意を重視してきたプーチン氏ですが、なかでもこの2人は、同氏の利権や人脈を形成するために今後も欠かせない人物ですからね。両者はプーチン氏同様、旧ソ連の国家保安委員会(KGB)出身で、プーチン氏とは非常に近い関係にある。ところが、近年両者の間に“ポストプーチン”を巡り、対立する動きが見え始めてきた。そこでプーチン氏はあえて新たな首相を指名せず、ミシュスチン氏を続投させたまま、後継者候補と目される人物を重要ポストに配置。マントゥロフ氏の息子、ドミトリー・パトルシェフ氏を第1副首相に据え、チェメゾフ氏の腹心であるデニス・マントゥロフ氏も副首相に昇格させたのも、両派閥の均衡を図ったとみて間違いないでしょう」
今回の新体制に課せられた最重要課題の一つは、ショイグ元国防相の側近逮捕にみられる、ウクライナ戦争における国防予算の横領や汚職といった国防省内の“膿”を出すこと。そして国防産業の長期的成長があるといわれるが、
「加えてもう一つ、ロシアの最高実力者として24年君臨するプーチン氏も御年71歳。男性の平均寿命が70歳未満とされるロシアでは高齢となり、さすがに健康面での不安は拭いきれない。そんな中、本人としては早めに後継者を指名し、その人物をコントロール下に置き、独裁政権を盤石化したいという思いがあったはず。ただ、そのためには、旧KGB派閥をうまくまとめあげなければならない。つまり、旧KGB派閥というのは、現在もロシア国内でそれほどの影響力を持っているということなんです」(同)
旧ソ連時代にKGB工作員だったプーチン氏は、それらの人脈をフルに使い、サンクトペテルブルク副市長に就任。その後、モスクワ政界に進出し、エリツィンの懐に飛び込んで大統領府副長官、FSB(連邦保安庁)長官、首相と駆け上がっていくわけだが、それを支えたのが旧KGB人脈であることはよく知られる話。
「プーチン氏がエリツィン氏の後継者として大統領に就任した後、真っ先にやったことは旧KGB人脈を権力構造の中枢に集中させたこと。そしてエリツィン政権を支えた新興財閥を排除し、ソ連崩壊後に不遇の時代を過ごしていた旧KGB人脈を次々に復権させていった。プーチン氏と旧KGBとは切っても切れない関係というわけで、仲たがいしてクーデターでも起こされては自分の身も危うくなる。今回の閣僚人事には、そういったプーチン氏の思惑が透けて見えます」(同)
さて、新政権発足も、後継者問題でくすぶり続ける「旧KGB派閥」権力闘争の行方は…。
(灯倫太郎)