バイデン大統領が突如の「待った」をかけた日本製鉄「USスチール」買収計画“暗雲の先”

 バイデン米大統領が、日本製鉄による米鉄鋼大手USスチールの買収に突然“待った”をかけた。アメリカの大統領が民間取引に介入するのは異例のことだ。

「すべては大統領選のため。USスチール本社のあるペンシルベニア州は共和、民主の接戦州として知られ、バイデンは前回、トランプ前大統領に2ポイント弱で辛勝。前々回の大統領選では民主党がトランプに負けている。そんな中、今回はUSスチールの日本製鉄買収に米鉄鋼組合が猛反対し、トランプがいち早く買収に絶対反対の狼煙をあげた。バイデンとすればトランプに対抗する意味でも、全米で120万人もいる鉄鋼組合の機嫌を損ね、ペンシルベニアだけでなく全米で不利になるのが怖い。そこで『反対』に舵を切ったという」(鉄鋼業界関係者)

 しかもアメリカで反対しているのは雇用に不安を抱く鉄鋼組合だけではなく、議員にも広がる。

「メンツですよ。製鉄は武器製造に欠かせないので、国の安全保障上、アメリカ企業が買収するのが望ましいというのが表向きの理由。しかし実際は、かつて世界一だった米鉄鋼企業が日本企業などに買収されるのはたまったものではないという考えです」(同)

 日本がバブルに沸いた1990年前後、三菱地所によるロックフェラー・センターなど、ジャパンマネーによる米国買いがアメリカ国民の反感を買ったのと同じ現象だ。加えてUSスチールは、「鉄鋼王」と呼ばれたアンドリュー・カーネギー氏がかかわったアメリカを代表する企業。米議員が意地になるのも無理はない。

「しかし、今や世界の粗鋼生産は中国が過半数を抑え、トップ企業も中国。そこに立ち向かう日米連合軍を作ろうというのが今回の買収劇。日本製鉄は買収が成功すれば世界4位から3位に踊り出るわけです」(同)

 しかも今回の件はUSスチール経営陣も声明で「日本製鉄買収は米にも恩恵をもたらし、国内製鉄産業の競争を促進する。当社の世界的なプレゼンスの強化にもつながる」と日本製鉄との取引のメリットを強調していた。

「そこで引っ掛かったのが、名門のプライドが高く高コスト体質の労働組合。組合は高賃金やリストラやレイオフゼロを保障しろなど言いたい放題で、不当な要求を日鉄側に突き付けている。日鉄も労組の不当要求はそれなりに織り込み済みだったものの、バイデンが出てきたのは予想外でした」(同)

 しかし日本製鉄関係者は言う。

「交渉を長引かせることができれば、まだ買収成功のチャンスはある。大統領選が終わって中国の台頭をどう抑止できるかを鉄鋼組合や次期大統領が冷静になって判断すれば、日米にとってメリットのある合併ということが理解できるはずですが…」

 日本製鉄の橋本英二CEO体制が、この窮地をどう乗り越えるかが注目される。そしてバイデン大統領から買収反対の意向を告げられた岸田総理はどう振る舞うのか。進展によっては日米間の大きな亀裂にもなりかねない。政治と経済が複雑にからみあった買収劇を、世界が注視している。

(田村建光)

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