候補者1人に全員投票「強制選挙」の北朝鮮で初めて「複数候補」が…大異変のワケ

 咸鏡南道の工場に設けられた投票所。そこに置かれた投票箱に1票を投じる金正恩総書記の姿をとらえた写真が27日付の朝鮮労働党の機関紙「労働新聞」の1面に掲載された。

 これは前日の26日、北朝鮮で実施された4年に1度の地方選挙の模様を報じたもので、同紙によれば、今回の投票率は99.63%。票を投じる際、金総書記は「人民の権益と要求を擁護、実現するため奮闘する真の人民代表になるよう願う」と述べたと伝えられる。

 北朝鮮ウォッチャーが解説する。

「北朝鮮における地方選挙は、国会にあたる最高人民会議と同様、1選挙区1候補者の信任投票で行われ、地域の人民会議代議員が決定します。北朝鮮の選挙制度は特殊で、1つの選挙区に当局に選ばれた1人が立候補するため、基本は賛成投票率100%。つまり有権者による選択権などない『強制選挙』なのです。それが、長きにわたり北朝鮮で実施されてきた選挙の実態でした」

 その証拠に、4年前の2019年7月に行われた前回の地方選も99・98%というとんでもない投票率を記録。投票者全員が賛成票を投じ、約2万8000人が代議員に選出されている。ところが今回の選挙では異例にも、事前に2人の候補者から1人に絞り込む予備選挙を実施。複数候補が争うのは、北朝鮮における選挙の歴史の中でも初めての出来事だというのだ。

「なぜ突如として変更したのかはかわりませんが、実は前回の選挙の際、平壌市東大院区域代議員の候補者への反対票が300票ほど出て、当局が大騒ぎしたことがあったんです。候補者は30代の女性で、選挙前からポスターが破られたり落書きされたりする事案が発生。北朝鮮保衛省が大々的な捜査をおこなったものの、選挙当日までに犯人を見つけ出すことができず、投票用紙を集計したところ、同女性候補に対する反対投票が多数発見されたというのです」(同)

 この事実を重く見た中央選挙管理委員会は、すぐさま金総書記に報告。しかし、約20万人が票を投じた東大院区域での造反者探しは容易ではなかったようだ。

「選挙に限らず、昨今、北朝鮮では会社内に上司の不正や問題行動を訴える申訴箱が設置され、無記名での投書が可能になったとされます。そのため申訴内容いかんでは、その上司が更迭され、部下らの希望により新たな上司が選ばれることもあるのだとか。ただこれは、あくまでも社員の不満を会社側に向けないための姑息な手段で、“上層部ではなく自分たちで選んだ人事なのだから何があっても会社は知らない”という姿勢を示すもの。おそらくは選挙戦においてもこのシステムが用いられ、有権者の責任で選んだのだから、選んだからには何があっても候補者には従うこと、と無言の圧力をかけている可能性も考えられますね」(同)

 だとすると、いくら複数の候補者が立ったところで「民主的な選挙」とは程遠いことになる。今回の複数候補による予備選挙実施を「好意的な変化」と捉えるメディアもあるが、果たして北朝鮮の制度がそう簡単に変わるものなのか。その背景にある真の思惑とは何か…。

(灯倫太郎)

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