「アントニオ猪木を語り尽くそう」(2)世間の常識と猪木の非常識/夢枕獏×ターザン山本×小佐野景浩スペシャル座談会

夢枕 猪木さんは最期のギリギリまで自分を撮らせていますね。奥様が「あの人は、人前に出るのが大好きなので、いろんなことで人目に晒させてやってください」みたいなことを言って、亡くなったんですね。

小佐野 亡くなる10日前の映像もユーチューブで配信しましたからね。

山本 猪木さんは人前に出るのが大好きで、だから成田空港で記者会見をやってましたね、海外から帰国するたびに。ニュースは何もないんですよ(笑)。

夢枕 でも猪木さんは凄いことをやってるじゃないですか。イラクから人質を救出して戻ってきたり、89年の大晦日にロシアでも興行をやりましたよね。僕もロシアまで観に行って、山本さんと会いましたよね。何人かで行ったんですけど、僕らのチームでは、いろいろな噂が飛び交っていて。こんな話ですよ。ある宅配便の関係者が「猪木、モスクワに宅配便はあるのか?」って聞いて「ございません」と答えたら「じゃあ、俺が北方領土のことを金で解決してやるので、お前がモスクワに行って話をつけてこい」ってことで、あの興行をやったんだと。話がポシャったのは、猪木さんが日本と電話で話していた内容が全部盗聴されていたからだっていう。ガセネタだとしても本当っぽく聞こえますよね(笑)。だから猪木さんが海外でプロレスをやる時には、そこに必ず何かがあったんじゃないかな。

山本 猪木さんがいるからモスクワに行けたし、僕は中国にもパキスタンにも行きましたからね。

小佐野 パキスタンにはけっこう行ってますよね。腕を折ったアクラム・ペールワンの甥の19歳のジュベールと79年6月にやった試合の映像を観ましたけど、あんな試合は猪木さんじゃなきゃできないですよ。下半身がしっかりしていて手足が長いジュベールは何をやるか得体が知れないし、加えて10万人の客全てが敵ですから。

山本 普通ならプロレスというジャンルがあって、ジャンル内のことで完成していけばいいわけだけど、猪木さんは、わざわざジャンルの枠を超えた辺境に行こうとするじゃないですか。ローランド・ボックみたいなヤバい人のところに行って試合して。韓国でパク・ソンナンとやったり、全部アウェーなんですよね。

小佐野 アウェーで相手の腕を折ったり、目玉に指を突っ込んだりしてしまう。

夢枕 そういうことをやって、生き残ってくるのは凄いことですよね。

山本 よく言われる「世間の常識と猪木の非常識」‥‥猪木さんは自分の非常識を常識にしたいという戦いを生涯やった人なので(笑)。世間的な常識に収まれば楽だし、安定するんだけども、予定調和を一番嫌がって、全部破壊していく。それが僕には魅力で、しまいには人生おかしくなったけどね。北朝鮮で興行をやること自体、おかしいですよね。

夢枕 北朝鮮でプロレスができるって凄いことじゃないですか。向こうのナンバー2ぐらいの人と会ってたわけでしょ。拉致被害者の問題も猪木さんに全部任せたら、よかったんじゃないかと思いますけどね。

小佐野 キューバに行ってカストロ議長と会談して、沈没している海賊船の財宝を引き揚げるなんていう話もありましたよね(笑)。

夢枕獏:作家。77年のデビュー以降、数々の文学賞を受賞する一方でプロレス・格闘技の熱心な信奉者としても知られる。テレビで放送された猪木の試合は全て観ているというマニア。

ターザン山本:元「週刊プロレス編集長」としては、むしろジャイアント馬場に近い存在だった。しかしアントニオ猪木に煙たがられる存在となりながらも、実は人生を賭けたほどの大ファン。

小佐野景浩:元「週刊ゴング編集長」として数多くの団体・選手を取材・執筆。高校時代に新日本プロレスのファンクラブ「炎のファイター」を立ち上げた生粋の猪木信者。

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