「リンゴ日報」廃刊で米国企業が撤退、香港からヒトとカネが消える!?

 「香港と世界の報道の自由にとって悲しい日だ ——」中国に批判的だった民主派系の香港紙、蘋果日報(リンゴ日報)廃刊について、バイデン米大統領が異例ともいえるこんな声明を発表したのは24日のことだ。

 同紙は、「サウスチャイナ・モーニング・ポスト」の編集主幹だった黎智英(ジミー・ライ)氏が、中国返還を前にした95年に立ち上げた日刊紙だ。

 かつて、報道天国と呼ばれた香港の一時代構築に大きく貢献したと言われる同紙。だが、政界スキャンダルもゴシップもありといった報道姿勢が、早い時点から、中国共産党のターゲットになっていたようだ、と語るのは香港情勢に詳しいジャーナリスト。

「香港で国家安全維持法(国安法)が施行されたのは昨年6月30日ですが、これは、国の分裂や政権転覆、外国勢力と結んで国家の安全を脅かす行為を取り締まる法律。香港政府や中国共産党に批判的なリンゴ日報は、当局が最も忌み嫌う存在だったというわけです」

 結果、6月17日、香港警察は500人を動員、蘋果日報社とライ氏が代表を務めるネクスト・デジタル本部へ家宅捜査に入り、取材資料など44枚のディスクを押収。「外国あるいは国家安全保障を脅かす外部勢力と共謀した」との名目で、国安法違反として幹部5人をそれぞれ自宅で逮捕したのである。

「ただ、バリバリのアンチ共産党だったライ氏は、かねてから『刑務所に入っても戦い続ける』と発言し、現場の記者たちも闘志を失っていなかった。ところが、国安法を逆手に取った香港当局は、裁判や裁判所命令をすっ飛ばして、リンゴ日報とライ氏が所有するネクスト・デジタルの企業資産230万ドル(1800万香港ドル)、両方を凍結したんです。結果、この資産凍結により、従業員の給与の支払いはおろか、インクの購入、電気代の支払いも出来なくなった。こういう形で主要メディアの息の根が止められてしまうと、他のメディアだって、次はうちの番かも、と抵抗できなくなってしまう。つまり、この事件は一企業の撤退に留まらず、香港メディア全体の死を意味する、そんな衝撃的な出来事だと言えるかもしれません」(前出のジャーナリスト)

 ところが、これに敏感に反応したのが、香港に資産を置き、事業展開する国外企業だった。特に香港では多くの米国企業が資産を置いているが、

「現在、香港にある米企業はおよそ1300社。香港在住米国人は約8.5万人でほとんどが重要な金融機関か金融関連業務に従事しています。香港米国商会が6月1、2日に会員企業180社にアンケートを行ったところ、29%の企業が法案が公布されたら香港を撤退する意向であること、また、香港居住米国人個人も38%が香港を撤退すると答えています。ただ、これは6月初旬の数字なので、リンゴ日報が廃刊になったことで、その数が増えていることは間違いない。本来、香港を統治する憲法の『基本法』には、『香港住民は言論、報道、出版の自由を有する』と定められており、いかなる香港住民も『恣意的または違法に逮捕、拘束、投獄されることはない』と保障しています。しかし、今回の件で、それがすべてなし崩しになった。つまり、リンゴ日報事件は報道の自由の侵害だけでなく、香港で活動するあらゆる企業に対する警鐘になったということ。香港から『人』と『カネ』の撤退が始まっていますが、それが加速することは確実だと思いますね」

 さて、「大撤退」に歯止めがからな香港の行方は……。

(灯倫太郎)

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