安倍政権、そして菅政権がこの1年間、何のコロナ医療対策も講じなかったツケが国民に回されている。入院待機死、病床数不足‥‥いや、看護師たちが嗚咽を漏らして訴えるのは、そんなことばかりではない。我々はまだ本当の「医療崩壊」の意味を知らないのだ。
「国会中継で菅さんが『新型コロナ対策に必要な予算は確保している』と言っているのを聞いて、体から力が抜けました」
そう話すのは、都内の大学病院に勤務する医師だ。
「私の病院ではコロナ治療をしていますが、他の病院での外来診療業務ができなくなりました。もし自分が大学病院で院内感染しているのに気が付かず、別の病院に外来診療に行って患者さんや他の医師に感染させたら大変なことになりますから。新型コロナ対策の予算は十分? 医師や看護師の誰もそんなことを思っていないし、言ってもいませんよ」
菅義偉総理(72)は官房長官時代から、医療従事者の話に耳を貸さなかった。著名人と高級ステーキを食べるヒマはあるのに、現場の話は聞こうとしないのだ。政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は1月26日の衆院予算委員会で、情報共有ができない現状に、
「最もフラストレーションを感じた。昨年の夏に医療供給体制と保健所機能の強化をしておけばよかった」
と言い切っている。尾身氏は医師向け専門サイト「m3」の取材に「GoToトラベルを止めた方がいいと言ったけど、前倒しでスタートした」と、専門家会議の進言を参考にするどころか、反対を押し切って政府がGoToトラベルを強行した内情を暴露した。
「本当の医療崩壊が起こるのはこれからです。2月から3月にかけて、コロナ患者を受け入れている病院はもちろん、受け入れていない病院でも、看護部長や人事担当者が看護師の大量離職を警戒している。コロナ患者を受け入れていない病院が何もしていないような、悪意に満ちた報道も見聞きしますが、院内感染を防ぐために1日に何度も清掃、消毒するなどやるべきことが増え、気が休まる時がありません。全職員が消耗しきっています」(大学病院勤務医)
すでに首都圏では医療崩壊が始まっている。地域の救命救急医療を担っていた医療機関でのコロナ院内感染が相次ぎ、救命救急診療を引き受ける病院がなくなってしまった。
「心が折れました。こんな泥舟から逃げ出したい。もう耐えられません」
声をしぼり出すのは、国内最大級の新型コロナクラスターが発生した戸田中央総合病院(埼玉県戸田市)の現職看護師だ。同病院は県南部の救命救急を担っているが、職員1300人の1割にあたる130人以上が新型コロナに感染し、病棟が次々と閉鎖された。
「昨年11月の連休前に、院内で陽性患者が出たようだ、という話を聞きました。職員には何の説明もなく、連休中に院内感染は終息したのだろうと希望的観測を抱いていたのです。ところが12月に入ると、病棟から職員と患者が1人2人‥‥と消えていきました。前日まで元気に働き、病棟を歩いていた職員も患者もバタバタと倒れて、そしてみんな病棟から消えました」
1月28日時点で、患者と職員を合わせた陽性患者は300人を超え、30人以上の入院患者が命を落としている。
戸田中央総合病院の看護師が続ける。
「病院には辞めたいと申し出ましたが『仕事があるだけありがたいと思え』と言われました。コロナに感染しないかぎり、逃げられません」
もう責任感だけでは仕事を続けられないといい、
「子供の学費、一人暮らし‥‥と、生活があるから辞められない人もいる。身内に祖父母や病人がいる同僚は『看護師をしている自分のせいで家族が死ぬかも』と泣いています。陽性患者の濃厚接触者になり、自宅待機措置中に悩みました。今月の給料は支払ってもらえるのか、この先の生活はどうなるのか。自分の命と生活を犠牲にしてまで働き続ける意義は見いだせません。同僚に迷惑をかけたくないので年度末までは働きますが、もう看護師の仕事は辞めます」(戸田中央総合病院の別の看護師)
コロナ残酷物語はまだまだ続く。公立病院の医師や看護師はいやおうなしの「コロナ漬け」の日々だ。都立病院の勤務医が言う。
「都立病院は診療科目を大幅縮小し、小児科も産婦人科も眼科も皮膚科もあらゆる診療科の医師、看護師が総力戦でコロナ診療にあたっています。都立広尾病院では出産を予定していた妊婦は転院、都立駒込病院では新規ガン患者の受け入れをやめました」
妊婦やガン患者、難病患者の診療を断ってまでコロナ治療に専念しても、医療従事者の善意が全く通じないコロナ患者もいるという。この勤務医が続ける。
「妊婦や子供を診たいと都立病院勤務を志願した助産師や看護師が今、相手にしているのは、ほとんどがぐったりしている患者ですが、中にはかみ付いたり、マスクを外して飛沫や唾を飛ばしたり、点滴の針を抜いて腕から流血し血のついた針を振り回す認知症患者や、意識が混濁した高齢者、モンスターのコロナ陽性患者です。なので、感染する危険は極めて高い。大げさではなく、生命の危機を感じながらコロナ治療にあたっているのです」
息もつけない仕事を終えて帰宅しようにも、家庭内感染を恐れてホテル暮らしの職員もいれば、同居家族が親族の家に避難して一家離散状態の職員も。孤独と恐怖に支配される日々なのだ。
※続く/後編は2月8日10時に配信予定
(看護師/医療ジャーナリスト・那須優子)
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