「ウマい話にはウラがある」とはよく言ったもので、現政権にうってつけの言葉だ。聞こえのいい政策に耳を奪われているうちに、電力自由化など名ばかりの電気料金値上げと、年金をはじめとする社会保障の廃止が実行されようとしている。このままでは地獄絵図のような未来を迎えることに‥‥。
「1割とかいう程度だったら改革にならない。競争市場原理を導入し、70%下げている国だってある。やればできるんですよ」
携帯電話料金値下げの話である。
菅義偉総理は、就任直後の9月18日、携帯電話をはじめ電気通信事業を所管する武田良太総務相を呼びつけ、断固たる値下げを指示したが、それを受けての大臣の発言だ。
政権の目玉政策として掲げて総理が直々にオーダーし、しかも担当大臣もこう言っている以上、寡占状態をいいことに暴利をむさぼってきた携帯電話会社側も応じざるをえまい。
これを見ると、まるで庶民の味方であるかのように思える菅総理。だが、ダマされてはいけない。その陰で庶民への締めつけが、実はひそかに進められつつあるのだ。
そのひとつが、電気料金。値上がりすることが確実視されているのだ。
元凶は「容量市場」なる新制度にある。これは4年後の電力供給量を売買する市場なのだが、この9月に初めてオークションを開催。2024年の電力量に1.6兆円の価格がついた。莫大な金額が国民の負担増につながりそうなのだ。
現在の電気料金は、16年4月から小売り電気事業者の参入が全面解禁されて自由化されたため、庶民に優しいものとなっている。各家庭で「〇〇電力」と地域の名がついた電力会社以外からも電気を買うことが可能になり、チョイスしだいで電気料金を安く抑えられるようになったのである。
この庶民に低価格で電力を供給できる仕組みは、次のような形で成り立っている。発電各社が価格次第で売れ行きの変わる卸電力市場で小売り電気事業者に電力を販売、小売り業者が家庭や企業といった消費者に利益を乗せて転売する。小売業者同士がさらに競争することで、低価格を実現している。
ところが、これでは大手電力会社の利益が減ってしまう。火力や原子力といった費用のかかる発電所を抱える各社はそれを維持することはできても、建て替えや新設は難しい、発電所が老朽化しては、電力の安定供給も怪しくなるとクレームをつけた。そこで編み出されたのが、先の「容量市場」なのである。
経済産業省が主導し、電気料金の自由化のもと安定供給を維持する目的で認可された「電力広域的運営推進機関」という団体が実務を担当する形で「容量市場」が始まった。そして、先の1.6兆円が約定(売買成立)価格となったのだ。もとより発電各社への救済策のような制度であったが、価格決定の仕組みにも問題がある。電力広域的運営推進機関の説明によると、
〈発電事業者等は、電源等毎(計量単位毎)に、応札量と応札価格(円/kW)を決めて、応札します。応札価格を安価な順に並べた供給曲線と需要曲線との交点を含む応札の価格を約定価格とします〉
と、なんとも難解な説明なのだが、経産省筋がわかりやすく言うと、こうなる。
「必要な需要量が満たされるまで安い順から電力を買っていくが、必要量が満たされた時点での応札価格が最終的な電力価格となる」
要するに、大量の電力を供給でき、需要が満たせる大手電力会社が高値でなければ売らないと言い張れば、その価格に引っ張られて電気料金全体が高くなってしまう制度設計になっていたのである。
発電各社が受け取る1.6兆円を支払うのは小売り電気事業者だ。梶山弘志経産相は「国民への追加的な負担を意味するものではない」と言うが、発電会社を持たない小売り電気事業者にはまったく恩恵がなく、一部の事業者からは値上げを検討せねばという声が上がっている。これが続けば、撤退もありうる。また、小売業者の撤退が続発すれば、低価格で電力が提供される仕組みそのものが破壊されてしまう。
これでは、発電にかかる全ての経費を計上し、さらに余分な負担金なども入れて、赤字どころか、しっかりと利益まで確保していた従来の「総括原価方式」とさして変わらない。料金は大手電力会社の言いなりということになってしまう。かくして、電力自由化は骨抜きにされて、庶民は負担を強いられることになる。
ところが、菅総理は見て見ぬ振りだ。本当に庶民派であれば、これを放置するはずがないにもかかわらず、容量市場の導入が決定したのは安倍政権時代であり、自分には関係ないと素知らぬ姿勢である。
庶民の味方というのは、見せかけにすぎないのではないか。
さる政府関係者が語る。
「菅総理の姿勢を疑わせる事例は他にもある。いや、これこそ、その正体をみごとに示すものではないか、とみられる驚愕の政策だ。ベーシックインカム(最低限所得保障として、政府が全ての国民に対して一定の現金を支給する制度)を導入して、代わりに年金や生活保護を廃止するというものだ。場合によっては、健康保険もそこに含まれかねない。社会のセーフティーネットをことごとくなくそうという試みとしか言いようがない」
これはまだ決定されたものではないが、今後、大いにありうると憶測を呼んでいるという。それというのも、菅総理が就任2日後の朝、まさに武田総務相に指示を下す前に面談し、知恵を請うたブレーンの一人、竹中平蔵パソナグループ取締役会長が、その直後にテレビで大々的にこの構想をぶち上げたからだ。
9月23日、BS─TBSの番組「報道1930」に出演した竹中氏は、「ベーシックインカムを導入することで生活保護が不要になり、年金もいらなくなる。それらを財源に」などと書かれたパネルを示して、ベーシックインカムの導入を提言した。
パネルには、次のようなフレーズも記されていた。
「国民全員に毎月7万円支給」
「所得が一定以上の人はあとで返す」
「マイナンバーと銀行口座をひも付け、所得を把握」
これが菅総理の掲げる施政方針と一致することから、大騒ぎになった。いわゆる「自助・共助・公助」のことだ。9月16日の就任演説で総理は、総裁選の際にも掲げた「国の基本は『自助・共助・公助』です」との持論を踏まえ、改めてこう述べている。
「私が目指す社会像、それは、自助・共助・公助、そして絆であります。まずは自分でやってみる。そして家族、地域でお互いに助け合う。そのうえで政府がセーフティーネットでお守りをする。(中略)どうぞ皆様のご協力もお願い申し上げたいと思います」
竹中氏の提言と重ね合わせると、政府のセーフティーネットは「7万円支給」だけで、あとは全て自分でやってください、ということになりそうだ。
竹中氏と菅総理の連携を推測させる事案は、他にもある。
パネルでの表記を見てわかるとおり、菅政権が力を注ぐ「マイナンバーと銀行口座のひも付け」について明記されているのだ。現在政府は、菅総理が掲げる行政デジタル化の切り札としてマイナンバーと預貯金口座を連動させるべく、来年1月召集の通常国会で法整備を目指すとしている。
政府関係者は、菅総理と竹中氏のこれまでの関係に言及した。
「小泉政権時代、総務相だった竹中氏を副大臣として支えたのが菅総理で、国家戦略特区の導入などの改革で根回しに奔走した間柄だ。その後、安倍政権になると、同政権の成長戦略の柱の一つとされたコンセッション(公共施設などの運営権を民間に売却し、事業運営をゆだねる経営方式。民間資本の活用との評価もある)でも軌を一にしている。こうした中、菅総理は竹中氏に心酔するようになり、規制緩和とか、規制改革、民間活用という言葉や考え方を重んじるようになったのではないか」 事実、菅総理は先に触れた就任演説でも「行政の縦割り、既得権益、そして悪しき前例主義、こうしたものを打ち破って、規制改革を全力で進めます」と明言している。この点も含めて、竹中氏の菅総理への影響力は絶大だというのである。
「したがって、ベーシックインカムの導入は大いにありうる」
政府関係者は、そう断じたうえ、こう付言した。
「竹中氏が議員を務める『未来投資会議』は菅政権になって廃止されたが、同氏は国家戦略特別区域諮問会議の議員でもあり、規制改革路線への影響力は今後も変わらないとみられる」
竹中氏を長年ウオッチしてきた政治記者が語る。
「『自助・共助・公助』を掲げて国民に自己責任を強いる菅総理のもとで、『規制改革』『規制緩和』を飯の種にしている竹中氏の入れ知恵による大企業と金持ち優遇の政策が、これから次々と打ち出されていくのだろう。社会の格差は広がるばかりだ」
庶民など菅総理の眼中にないというのである。携帯電話料金の値下げにダマされている場合ではないようだ。
(ジャーナリスト・時任兼作)
※「週刊アサヒ芸能」10月29日号掲載