「増田大輝の登板は邪道にあらず」阿部慎之助が名参謀に明かした「王道野球」

 優勝マジックを着実に減らしている原ジャイアンツの強さは本物のようだ。ペナントレースを振り返れば、“次期監督候補”と目される阿部慎之助の「ヘッド代行人事」が話題となったが、両者を知る名参謀が、球界最強師弟の秘密を明かした。

 2012年から3年間、原巨人で1軍戦略コーチと打撃コーチを歴任した橋上秀樹氏は、母校・安田学園高で阿部慎之助2軍監督の先輩にあたる。それだけでなく、阿部2軍監督本人も、現役時代の打撃タイトル獲得(首位打者、打点王、ともに12年)には氏のコーチとしての助言が大きかった「大恩人」と公言、昵懇の間柄にある。去る9月30日には共著の対談集「阿部慎之助の野球道」(徳間書店刊)を上梓した。

 そんな原監督と阿部2軍監督の両者をよく知る橋上氏は、「巨人軍監督」という重責のバトンリレーをこうみている。

「自分はコーチとしてたくさんの選手を見てきましたが、自分の成績だけにこだわらない視野の広さというか、いわゆる『フォア・ザ・チーム』の精神に関しては、同窓のひいき目は一切抜きにしても、慎之助が一番だったと思います。原監督がかねてから選手に求めてきた、チームの勝利に全てを捧げる『ジャイアンツ愛』の持ち主、と言いかえてもいい。その意味で相性が悪いわけはないですよ。さらに言うなら、01年の就任以来、監督としての原辰徳を最初から今日まで見続けてきたのも慎之助しかいません。つまり、原監督の野球哲学を常に全身に浴び続けてきた野球人なのです」

 一昔前の巨人は「金満球団」と呼ばれ、FAでかき集めた大砲を並べて勝ってきたイメージが強い。しかし今は、若手の台頭を核に勝利をもぎ取る、まったく異質の強さを発揮している。いわば、読売巨人軍としての戦い方を時代に合わせてアップデートし続けてきたのが原監督だと言えよう。

 そして今季、阿部2軍監督は、投手では戸郷や大江竜聖(21)、野手では松原聖弥(25)など、勝利に貢献する若手を次々に送り出してきた。いずれも派手さはないが、プロとしての「武器」を携えた戦える選手たちだ。ありがちな、ファームでのみ活躍する「2軍番長」的な存在は、1人としていない。

「イースタン・リーグでの順位こそ3位ですが、2軍の指導者の最大目的は、下で勝つことではなく、1軍で通用する選手を送り出すことです。慎之助も、監督初年度にして理想形の指導をしていると思います。こういういいサイクルが成立しているのは、1軍と2軍の風通しのよさによるところが大きい。球界では普通、2軍から上がってきた選手の評価や情報をそのまま信用したり、(下からの)何かしらの提言を採用することって、実はあんまりないんですよ。もちろん、選手本人の頑張りが第一ですが、原監督と慎之助の強固な信頼関係なしには、今シーズンの巨人を語れないと思いますね」

 それでは、原監督から阿部2軍監督に継承される「独走頭脳」に秘められた野球論とはいかなるものなのか。橋上氏が巨人コーチ時代にかけられた、こんな言葉が一つのヒントになるかもしれない。

「私が原監督に、ある作戦を進言した時のことです。それは対戦成績のよくなかった投手を相手にした、奇襲と呼ばれるような作戦でした。しかし『橋上、ここはジャイアンツだから』と一蹴されたんです。つまり、ジャイアンツはがっぷり四つに組んだ『横綱相撲』をするチームだと。正攻法で勝つことを求められていると諭されたんです」

 おもしろいのは原監督を評する際、前述したクリーンナップへの送りバント指示など、誰もが驚く采配が真骨頂として語られるケースが多いことだ。勝利への強い執着心、手段を選ばない用兵‥‥「美学」や「ロマン」が重んじられる傾向のあるプロ野球界では、そういった戦い方が「奇策」と捉えられることは決して少なくない。

 直近にもサンプルはある。8月6日の阪神戦のことだ。11点差をつけられた直後の8回一死の場面で、原監督は中継ぎ投手の温存策として野手の増田大輝をマウンドに送ったのに後続を抑えたものの、球界・球団OBや現役選手を巻き込む大論争にも発展した。しかし‥‥。「野手の投手起用も、主軸の送りバントも、原監督にとっては正攻法です。いかに合理的に勝利を、あるいはペナント優勝を手に入れるかという点で、当たり前の采配。慎之助も著書の対談時に『今の1軍は王道の野球をやっている。大輝の登板だって、今年のような過密日程のペナントでは邪道でも何でもないですよ』と語っていました。それに、『自分はこれから、王道の野球をやっていく』ともね。2人とも、勝利を宿命づけられた巨人というチームで純粋培養されて育った野球人ですから、根っこの部分は一致しているんでしょう」

 旧態依然とした野球観にとらわれない策を用い、そして最終的に勝つ姿をファンに見せること、それこそが、今現在の「巨人イズム」とみて間違いないだろう。つまり、年月をかけて作り上げてきた独自のスタイルの全てが現時点の「正攻法」という自信の表れだ。

「慎之助が1軍監督になれば、巨人の歴史上初めての捕手出身監督になります。『名選手は名監督にあらず』とよく言いますが、野村さんしかり、捕手出身に名監督は多い。個人的には本当に楽しみにしています」

 原監督は19年シーズンからの3年契約。来季でその任を終えることになっている。そのあとを受けて、圧倒的なまでの強さを誇る「阿部巨人」がはたして誕生するのか。G党ならずとも興味の尽きないところだ。

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