グーグルがウェアラブル端末市場に参入しようと買収の動きを示していることで、「ヘルスケア市場まで巨大IT企業に支配されるのか」という懸念が広がり、警戒する動きが相次いでいる。
グーグルは昨年11月、ウェアラブル端末メーカーのフィットビットを買収する計画を明らかにしたが、欧州消費者機構のBEUCが懸念を表明した。BEUCは欧州各国の消費者団体で作られた同盟だ。欧州での懸念はこれに始まった話ではなく、既に2月には欧州データ保護会議(EDPB)が個人情報の観点からやはり懸念を表明していた。フィットビットはウェアラブル端末を通じて、ユーザーが1日どれだけ歩いてカロリーをどれだけ消費したかのデータを保有している。1メーカーがその情報を保有しているだけならまだいいが、これがグーグルのような巨大IT企業に丸ごと移るとなれば、さらに様々なサービスによって統合・蓄積が行われ、個人の情報が筒抜けになってしまうという懸念が生まれるためだ。
懸念を示しているのは個人の権利意識が高い欧州に限った話ではない。
「6月18日にはオーストラリアの、日本の公正取引委員会に当たる競争・消費者委員会(ACCC)も懸念を表明して、この買収によってネット広告とヘルスケア市場で競争が阻害される可能性があることを指摘しています。ACCCに至っては、以前からフェイスブックとグーグルによる市場支配には規制を設けるべきと主張していて、昨年10月には位置情報の取得と利用に関して訴訟まで起こしているほどです」(経済部記者)
もともとGAFAの巨大IT企業がプラットフォームを独占して顧客を囲い込み、さらに独占・寡占的にユーザーのビッグデータを獲得して新たなビジネスにしていくという手法には世界的に警戒する動きがあったが、今度は「健康情報」市場がその脅威にさらされようとしているということで、こうした動きが相次いでいるというわけだ。
一方のグーグルとしてはアップルやシャオミ、ファーウェイが先んじているこの市場を放っておくわけにはいかない。その第1歩としてのフィットビットの買収というわけだが、折悪しくも世界中がコロナ禍で健康に関してナイーブになっているタイミングとそれが重なった。ただそれとは別に、やはり独占につながるという現実はあるわけで、EUでは独占を禁止する反トラスト法に抵触するか否かの判断を行っている最中だ。
懸念を高めている一因として、フィットビットがアメリカで犯罪捜査に利用された“実績”も手伝っている。
「2015年にアメリカ・ペンシルバニア州である女性が『性的暴行を受けた』という通報があって警察が捜査に動いた時のことです。警察はその女性がフィットビットの端末を身につけていたことに目をつけて、そのデータを捜査に利用しました。そしていざデータを照会してみると、その女性は被害にあったとされる時刻に実際は動き回っていることがわかったんです。証言では、『眠っている最中に見知らぬ男が部屋に侵入してきた』というものだったので、その時間帯に動き回っているはずがない。つまり、通報は狂言で、とんだ迷惑というわけです」(前出・経済部記者)
だから事件はなかったことになってめでたしめでたしというわけだが、個人情報保護の観点からはめでたい話ではない。行動様式が他人に知られてしまっていることがまざまざと示されたのだから。
ユーザーの観点に立ってみれば、ウェアラブル端末が新たなサービスを提供してくれることで利便性は高まる。だが果たしてそれで良いのか。EUでどんな判断が下されるのか、7月20日までに下される結果が再び関心を集めそうだ。
(猫間滋)