百発百中!?ココリコ遠藤が明かした加藤浩次の“後輩芸人プロデュース力”

 お笑いコンビ・ココリコの遠藤章造が3月2日放送の「博多華丸のもらい酒みなと旅2」(テレビ東京系)に出演し、現在のコンビ名に至った経緯を説明している。

 吉本興業にはオーディションでの合格で所属する運びとなったココリコは当初、“ココリコボンバーズ“として数年間活動していたものの、公私で面倒を見てもらっていた極楽とんぼの加藤浩次から「ココリコだけにしろよ」とコンビ名のコンパクト化を提案され、現在の“ココリコ“になったという。

 また、加藤がコンビ名の変更をアドバイスしてきた際、「普通は、(ボンバーズの部分を)“取っちゃえよ“って言うじゃないですか。でも加藤さんは“千切っちゃえ“って」と不思議な言い回しだったことも振り返っている。

「ココリコのケースに限らず、加藤の後輩芸人に対する“プロデュース能力“はよく知られた話で、見た目がパッとしなかったおぎやはぎに“ダブルメガネ案“として、矢作兼と小木博明の両方にメガネをかけさせたのも加藤のアイデア。当時、片方だけがメガネをかけているコンビは多かったのですが、両方ともメガネというのはレアで、加藤の鋭い狙いは奏功しました。他にもロンドンブーツ1号2号の田村亮へ金髪に染め上げるよう助言したのは、彼らを“若者の代表“のような存在に仕立て上げたかったからだとされ、モジャモジャの胸毛を隠そうとしていたペナルティのワッキーには『どんどん出していけ』と指示。その後の“胸毛バブル“をワッキーにもたらしました。後輩からの人望がズバ抜けて高い加藤の人気の秘訣には、こうした先見の明があったのかもしれません」(テレビ誌ライター)

 そんな“名プロデューサー“としての顔を持つ加藤だが、ことセルフプロデュースに関してはイマイチなようで、過去に「なんかカッコいい」との理由から、自らを北海道とロシアのハーフと嘘をつき、周囲から失笑をかっていた時期もあるという。その類稀なるセンスが発揮されるのは、他人のプロデュースに限った話なのかもしれない…。

(木村慎吾)

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