金正恩が「ロシア戦勝式典」欠席の裏で蠢く中国の思惑

 昨年6月、ロシアとの間で「包括的戦略パートナーシップ条約」を締結。同10月には自国兵力のウクライナ最前線派遣を始めたものの、その事実を一貫して否定していた北朝鮮。しかし、今年4月には突如、北朝鮮当局がロシア派兵を認めたばかりか、金正恩総書記自らが労働新聞と朝鮮中央通信を通じ、戦死した兵士を弔うコメントを発表。この手のひら返しに驚きの声が上がったことは記憶に新しい。

 その理由には、北朝鮮が派兵した1万4000~1万5000人の兵士のうち、死傷者は4000~5000人を超え、さすがに当局も派兵の事実を国民に隠し続けることができなくなったからではないか、との指摘もあるが、いずれにせよ両国は軍事・経済両面で関係強化に努めてきた。

 ところが、そんなロシアと蜜月関係にある正恩氏が5月9日に首都モスクワの「赤の広場」で行われる第二次大戦のロシア戦勝80周年記念式典と、軍事パレードへの参加を見送ったことが明らかになり、さまざまな憶測が広がっている。

「ロシアのウシャコフ大統領補佐官によれば、今回の式典には中国や旧ソ連構成国など約30の国・地域の首脳や高官が出席予定とのこと。タス通信は、中国など13カ国がパレードに自国軍を派遣する予定だと報じています」(外信部記者)

 ところが、北朝鮮からは駐ロシア大使が出席するだけで、噂されていた朝鮮人民軍の派遣も予定にはないというのだ。

「もちろん、ロシア側から正恩氏に対し式典参加への正式なアプローチはあったはず。実際、北朝鮮軍をパレードに招待、水面下ではパレードに合わせ正恩氏が訪露する段取りで話が進められていたという情報もあります。ただ、北朝鮮の外交は基本1対1。加えて、正恩氏は多数の首脳が集まる行事に出席したことがない。インタファクス通信などは、ロシア、北朝鮮首脳陣が他の参加国首脳に配慮したようだ、と伝えていますが、今回の式典には現在、関係が冷え込んでいる中国も参加する。そのあたりも大きな要因だと考えて間違いないでしょうね」(同)

 これまで中国は食糧やエネルギー供給、人材派遣分野で北朝鮮貿易の98%以上を占めるなど、北朝鮮のライフラインを事実上掌握してきた。しかし、昨年のロシアと北朝鮮とのパートナーシップ条約締結により、対露傾斜を強めたことで両国関係のバランスが崩壊し、それが中国をいら立たせてきた。

「それまでは完全に中国の傀儡だった北朝鮮が、朝鮮半島の非核化に言及した日中韓首脳会談の共同宣言を『内政干渉』と批判したこと一つとっても、北朝鮮の対中国に対するスタンスの変化は一目瞭然。となれば、中国としても北朝鮮への影響力低下を危惧して当然のこと。しかし一方、露朝接近はある意味、習近平氏にとってもメリットでもある。なぜなら北朝鮮がロシアに兵士や武器を供与することでウクライナ問題が長期化すれば、中長期的にみて支援する西側の武器備蓄は減少する。そうなれば近い将来、中国が台湾に対し事を構えるとした場合、武器弾薬の備蓄がある中国は断然有利になる。習氏はそれを踏まえながら、したたかにロシアと北朝鮮との関係を作っていると見られています」(同)

 ちなみに、前出・ウシャコフ大統領補佐官によれば、9日の式典に米大使が出席するかどうかは「当日になればわかる」とのことだが、世界が注目する式典は明日に迫っている。

(灯倫太郎)

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