この非常事態、使えるものは何でも使えとばかりに、プーチン大統領が刑務所に収監されている殺人や強盗などの凶悪犯を兵士として動員できるようにする法改正案に署名したのは昨年11月のこと。これにより、正規軍が堂々と凶悪犯を強制徴兵できるようになったわけだが、むろん、この方法を真っ先に取り入れたのは、ロシアでは制度上は非合法な民間軍事会社の「ワグネル」創立者、プリゴジン氏である。
「プリゴジンは『戦場で半年生き残れば受刑者に自由を与える』を謳い文句に、各刑務所から囚人たちをスカウト。ろくな訓練もせずに、“肉の壁”として最前線へ送り込んでいた。今年6月には、『戦闘に参加した受刑者3万2000人が契約を終え、帰還した』と通信アプリに投稿。多くの受刑者が恩赦を得てロシア国内に戻ったと報告しました。もちろん、これはプリゴジンの発表だけで裏が取れている話ではないが、ただそれが刑務所内で広がれば、長期収容者の中には“イチかバチか”という者も出てくる。それで、より刑が重い凶悪犯ほど志願するケースが増えていたと言われています」(ロシアウォッチャー)
ところが6月に起こった「プリゴジンの乱」以降、この受刑者部隊はロシア正規軍に吸収され、通称「ストームZ」と呼ばれる部隊に合流。そしていま、この「ストームZ」の人員が急増しているという。9日付の英紙エクスプレスによれば、ロシア政府がノボシビルスクやサラトフ、リペツク、ヴォロネジ、ロストフといった各地にある刑務所から受刑者を強制徴収して戦場へ送っているというのだ。
「受刑者の権利確保活動をしている『グラグ・ネット』の調査によればここ数週間、連日1000以上の受刑者が動員され、まったく訓練も受けず、刑務所から直接最前線に送り込まれているとのこと。なので刑務所は空っぽ状態で、食料の配給も大幅に減らしているといいます。これが事実なら、戦場で死ぬことありきの動員と言わざるを得ない。スカウトという形で受刑者に選択肢を与えていたプリゴジンのほうが、まだ良心的だったと言えるかもしれません」(同)
しかもロシア国防省は、ストームZの兵士が敵前逃亡しないように、監視役として「ノースZ」という督戦隊を設け、彼らには逃亡を図る兵を射殺する権限を与えているというから恐ろしいばかりだ。
ストームZ部隊で戦死した息子を持つ遺族は、欧米メディアの取材に答え、「息子の遺体も遺品も受け取れなかった。唯一送られてきた国防省の書簡には、刑務所を離れて前線に向かった日が息子の死亡日として記されていた」と語っている。
見方を変えれば、受刑者を戦場に送って肉の壁として使い、刑務所の経費を抑え、さらにウクライナ軍に処刑の肩代わりさせている…とさえ思える、このストームZ部隊への強制徴兵。人権無視の所業としか言いようがない。
(灯倫太郎)