これまで国民に対しロシア派兵をひた隠しにしてきた北朝鮮当局が突如、ロシア派兵を認めた。そればかりか、金正恩総書記が北朝鮮の朝鮮労働党機関紙の労働新聞と国営の朝鮮中央通信を通じ、「正義のために戦った彼らはみんなが英雄であり、祖国の名誉の代表者である。(中略)犠牲になった軍人たちの墓碑の前には祖国と人民が与える永生祈願の花が置かれるであろう」と、戦死した兵士を弔うコメントを発表。この突然の方向転換に波紋と驚きの声が広がっている。
北朝鮮メディアが同党中央軍事委員会から伝達された書面の内容を報道する形で、軍のロシア派兵を初めて公式確認したのは4月28日のことだが、
「実は、その前段階として、発表2日前にロシアのゲラシモフ軍参謀総長がクルスク州の完全奪還をプーチン大統領に報告した際、『北朝鮮兵がロシア軍と肩を並べて戦い、大きな役割を果たした』と発言。翌27日にロシア外務省が北朝鮮軍参戦を公式に発表し、北朝鮮がそれを認めるという形で公表しているんです。なので、当然、公表に至るプロセスには両首脳の内諾があったはず。ただ、朝鮮中央通信はいわば北朝鮮における対外メディア。一方、労働新聞は国内向けのメディアですからね。この政権側の手のひら返しともとれる方向転換にはどんな理由があるのか、興味深いところです」(北朝鮮ウォッチャー)
北朝鮮がロシアに派兵を開始したとされるのが昨年10月のことだが、ウクライナ軍に北朝鮮兵士が捕虜にされ、その証言が流されようが、どんな物証が明らかになろうが、北朝鮮当局は一貫して派兵を否認してきた。しかし、ウクライナ情報筋によれば、これまでに北朝鮮が派兵した1万4000~5000人の兵士のうち、死傷者は4000~5000人を超えたという。
「実際、国内では徴兵された息子が帰ってこない、という事例が相次いでいるはずで、北朝鮮当局もさすがにこれ以上、派兵の事実を国民に隠し続けることができなくなった。とはいえ公表のタイミングを見誤れば、国民から強い反発をくらい、下手をすれば体制自体を揺るがす恐れもある。そのため、あえてクルスク州完全奪還を機にゲラシモフ氏に北朝鮮兵の貢献ぶりを語らせ、戦死者たちを英雄視してみせた…。このタイミングでの突然の公表には、そんな裏事情が見て取れます」(同)
ゲラシモフ氏は北朝鮮兵を「高いプロ意識、不屈の精神、勇気、英雄的行為で貢献した」などと賞賛。一方、労働新聞も参戦兵士を英雄として讃えている。
「実際問題、今回の対露派兵で実戦経験を積んだ北朝鮮軍の戦闘力が強化されたことは事実でしょう。また、派兵の対価としてロシアから得た物質的利益、外交的利益は計り知れないものがあったはず。つまり、北朝鮮政府にとっては、いかに兵士が死傷しようとデメリットはなかった。しかも、ロシアがこの戦争に勝利すれば、『勝戦国』の称号を手にし、なんらかの恩恵を受ける可能性も十分考えられる。つまり、北朝鮮としては戦争が長引けば長引くほど、大きなメリットを得られ続けることになるわけです」(同)
このしたたかすぎる外交手腕には舌を巻くばかりだが、今後、米トランプ政権の仲介で仮にロシア優位のまま停戦が実現すれば、北朝鮮も実質的「戦勝国」となる。だからこそ、このタイミングで派兵を内外にアピールしたかった。なんのことはない、この手のひら返しの「派兵公表」の裏にはそんな思惑が透けて見えるのである。
(灯倫太郎)