トランプ政権が推進する相互関税政策において、ベトナムやカンボジアを含むASEAN(東南アジア諸国連合)諸国に対する関税率が高い背景には、単純な敵意や地域への反感があるわけではない。その主な理由は、中国企業がASEAN諸国に進出し、中国製品がこれらの国々を経由して米国市場に流入する「迂回路」となっている状況にある。トランプ政権はこれを、中国が米国の関税政策を回避するための戦略とみなし、ASEAN諸国への関税引き上げで対応した形だ。
まず、トランプ政権の貿易政策は「アメリカ・ファースト」を掲げ、国内製造業の保護と貿易赤字の削減を目指している。特に中国との貿易戦争では、中国製品に高関税を課すことで輸入を抑制し、米国内での生産を促進しようとした。しかし中国企業はこれに対抗し、生産拠点をASEAN諸国に移転する動きを加速させた。
例えば、ベトナムは近年、中国からの直接投資が急増し、電子機器や衣料品の輸出が顕著に伸びている。米国の統計によれば、2018年から20年にかけてベトナムからの対米輸出は大幅に増加し、その多くに中国製品が含まれている。
この迂回路戦略は、中国製品がASEANで最終組み立てや軽微な加工を受けた後、「メイド・イン・ベトナム」や「メイド・イン・カンボジア」として米国に輸出される形で行われる。これにより、中国製品は米国の対中関税を回避し、低コストで市場に流入する。トランプ政権はこれを問題視し、ASEAN諸国への関税率を引き上げることで、迂回路としての利用を抑止しようとした。関税率が高いのは、ASEAN諸国自体への敵意ではなく、中国の貿易戦略への対抗措置なのである。
また、ASEAN諸国が迂回路として利用される背景には、これらの国の経済構造も関係している。ベトナムやカンボジアは労働コストが低く、輸出主導型の経済を成長させてきた。中国企業にとって、こうした国々は生産拠点を移すのに最適な条件を備えている。さらに、ASEAN諸国は米国との自由貿易協定を持たないため、トランプ政権が関税を調整する際のハードルが低い。これに対し、日本や韓国のような同盟国は、戦略的パートナーシップや既存の貿易枠組みにより、関税引き上げの対象から外れやすい。
しかし、この政策はASEAN諸国に一定の不満を生んでいる。ベトナム政府は、自国が中国の迂回路として利用されているとの指摘に反発し、輸出品の原産地証明を厳格化する措置を導入した。それでも、トランプ政権は迂回路防止を優先し、関税を維持した。結果として、ASEAN諸国は中国と米国の貿易戦争の巻き添えとなり、今日、経済的負担を強いられている。
結論として、トランプがASEAN諸国に高い関税率を課す背景は、中国企業がこれらの国々を迂回路として利用し、対中関税を回避している実態への対応がある。ASEANへの敵意ではなく、中国との貿易戦争の一環として、こうした措置が取られているのだ。
(北島豊)