物語は中也と泰子が京都から東京に出てくることで、急展開していく。小林秀雄(岡田将生・35)の登場によって、奇妙な三角関係へと発展していくのだ。
──中也は文学仲間の小林に泰子を取られてしまうわけですが、なぜか憎んだりせずに友情関係を継続していきます。
根岸 お互いをリスペクトしているからね。3人とも何者かになりたいという強い思いを抱いていて、そこを大事にしているから。
──泰子は心を病んで、おかしな振る舞いをするようになり、結局、小林も手に負えなくなって別れてしまいます。
根岸 それでも3年間一緒に暮らしたんだよね。泰子は料理もしないし心も病んでいるから、小林はよく我慢したと思う。
──広瀬さんの役は難しかったと思います。前もって長谷川泰子の自伝を読んで臨んだのでしょうか。
根岸 しっかり読んでいたと思うね。彼女だけでなく、岡田君は小林の本を読んでいたし、木戸君は中原中也記念館に行ったりしている。そのようにして、みんなこちらの期待に応えてくれました。
──広瀬さんは色鮮やかな衣装や独特な髪型もよく似合っていて、映えますね。
根岸 そこはぜひ観てもらいたいところです。“女優・広瀬すず”について言えば、本人が才能の塊を持っていて、それが少しずつ開花していってビッグな存在となった。もちろん、本人のたえまない努力があってのことだけど。
──駆け出しの女優役で、プライドばかり高く、現場ではちょっと浮いた感じ。でも、そこが泰子らしい。
根岸 グレタ・ガルボ似と言われる気位の高い泰子を、広瀬さんはしっかりと彼女になりきって見事に演じてくれたよね。間違いなく、これまでと違った広瀬すずが観られます。そのことは強く言っておきたい。
──泰子が小林の大事な壺を投げつけたりする強烈なシーンも出てきますが、監督が気に入っているところはどこですか。
根岸 何でもないようなところですね。泰子は中也が部屋に来た時にお茶を出すんだけど、その際、テーブルを何度も何度も拭いてみせる。それは、心が病んでいることの表れなんだけど、心の奥底がどうなっているかわかるくらい微妙なニュアンスが伝わってくる。たまらない。
──当然、男女のシーンも出てきます。最近はインティマシー・コーディネーターをつけるケースが増えてきましたが、どう思われますか。
根岸 いろんなことが起きないために用意しているわけだよね。それは理解できるけど、大事なのは監督と俳優さんで、どこまで撮るのか話し合っておくことです。広瀬さんには、前もって文書で「浴衣を剥がして背中を撮る」と、シーンの詳細を伝えました。
──女優を美しく魅力的に見せるコツがありましたら、教えてください。
根岸 美しく撮ろうとしているけど、美しく撮れなくて後悔したりもする。もちろん、ライティングやアングルとかに気を遣って撮っているけど、なかなか思うようにはいかないよね。
根岸吉太郎(ねぎし・きちたろう)1950年生まれ、東京都出身。74年、早稲田大学第一文学部を卒業後、日活に助監督として入社。78年「オリオンの殺意より 情事の方程式」(日活)で監督デビュー。以降、コンスタントに作品を発表。その演出力の高さで、日本を代表する監督の1人に。代表作に「遠雷」(81年、ATG)、「ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~」。
(インタビュー・構成/若月祐二)
映画「ゆきてかへらぬ」(配給:キノフィルムズ)は2月21日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開。
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*(3)につづく