前駐豪大使・山上信吾が日本外交の舞台裏を抉る!~岸田外交の功罪と次期総理への期待~

 先日、某評論家が「岸田外交は米国で評価されているのに、日本で評価されていないのは残念。岸田さんはよくやっている」と評していた。

 いかにも外務省出身者らしいコメントだ。米国にだけ評価されていれば済むのか?「米国」なるものの実態は、バイデン政権だけでないのか?バイデン周辺に評価されているのは、言うことをよく聞いたからではないか?突っ込みどころ満載だ。

 確かに、安保3文書発表、とりわけ、中国を「これまでにない最大の戦略的な挑戦」と位置付けたこと、それを踏まえた国防費増額は、ハト派リベラルの宏池会出身総理としては、期待を上回る成果だ。安倍外交が敷いたレールを忠実に踏襲した、と言える。

 ウクライナ支援、日韓関係の改善も評価に値する。同時に、あれだけの非道を前にしてウクライナを支援しない選択肢はなかった。韓国での保守派政権の誕生がゲーム・チェンジャーであったことも間違いない。

 だが、如何に高く評価してもらったところで、バイデン本人から、日本経済が問題を抱えているのは「日本人が外国人嫌いで移民を望んでいないから」などと公の場で根拠のない決めつけをされ、日本製鉄によるUSスティール買収に待ったをかけられたのはどうしたことか?首脳間の信頼関係があるなら、なぜ日本側から注文を付けないのか?

 より深刻な問題は、折角、今の中国を史上最大の戦略的挑戦と明確に位置づけながらも、ミサイル撃ち込み、水産物全面禁輸、駐日大使暴言、靖国神社での乱暴狼藉、在留邦人に対する斬りつけ、領空侵犯などの深刻な具体的事態が生じた際、官房長官や外務省事務当局による「遺憾」表明に任せ、岸田総理はおろか上川外相さえ、強く抗議する姿勢を示さなかったことだ。岸田政権の媚中、無為無策が深センでの日本人児童の無残な死を招いた面があることは否定できまい。
 
 さらに、北朝鮮による拉致問題の解決は政権をあげての重要課題であったにもかかわらず、さしたる成果を提示できないままだ。

 こうして冷徹に振り返ってみると、次の総理が取り組むべき課題は明らかだ。日米同盟を日本の国益に役立てることこそ、日本外交の基軸。そうであれば、アメリカに阿諛追従するだけでなく、いい気持ちにさせた挙げ句に、使い、動かさなければなるまい。ハリスはともかく、トランプ再登場の際、誰が対応しきれるか?「弱い」人間をさげすみ、嫌う男。総理には粘りと胆力が不可欠だ。

 中国については、「日中友好」はもちろん「戦略的互恵関係」なるお経は断捨離し、媚中でも嫌中でもない是々非々で取り組む必要がある。居丈高にならず、理性的、かつ、第三国の理解と支持を得られる形で、怒るべき時には怒らなければならない。

 北朝鮮は「胸襟を開いて」話せる相手では毛頭ない。相手が嫌がる北朝鮮向け宣伝戦を含め、拉致問題解決の為に総理自らが本腰を入れて万策を尽くさなければならない。

 北方領土交渉はリセットしかあり得ない。令和版臥薪嘗胆、すなわち、プーチンのロシアが完全に落ちぶれるまで不用意に動かないとの我慢と忍耐こそ肝要だろう。

 次期総理を待ち受けているのは、まさに未曽有の国難だ。

●プロフィール
やまがみ・しんご 前駐オーストラリア特命全権大使。1961年東京都生まれ。東京大学法学部卒業後、84年外務省入省。コロンビア大学大学院留学を経て、00年ジュネーブ国際機関日本政府代表部参事官、07年茨城県警本部警務部長を経て、09年在英国日本国大使館政務担当公使、日本国際問題研究所所長代行、17年国際情報統括官、経済局長などを歴任。20年オーストラリア日本国特命全権大使に就任。23年末に退官。TMI総合法律事務所特別顧問や笹川平和財団上席フェロー、外交評論活動で活躍中。著書に「南半球便り」「中国『戦狼外交』と闘う」「日本外交の劣化:再生への道」(いずれも文藝春秋社)がある。

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