ドイツに本社を置くメルセデス・ベンツが、8月10日の北朝鮮「朝鮮中央通信」に掲載された1枚の写真を巡って、対応に頭を抱えている。
写真は、金正恩氏が8、9の両日に、洪水被害を受けた北西部の平安北道を視察した際、正恩氏の傍らにある高級車を捉えたものだ。だが、韓国メディアによれば、同車はベンツの最高級SUVモデル「マイバッハGLS600」とみられ、韓国でも今年4月から販売がスタートしたばかりで、価格は2億7900万ウォン(約3000万円)は下らない高級車だというのである。
「正恩氏のベンツ好きは有名で、報道で確認できただけでも複数台あります。特にベンツの中でも高級ブランドであるマイバッハは、SクラスのセダンやS600プルマンガードのほか、Sクラスのリムジンなど多数所有していました。もちろん、国連安保理では北朝鮮への輸送機器の輸出を禁止しており、当然ながらベンツ社は、『北朝鮮との取引はいっさい行っていない』との公式コメントを発表しました。しかし、その一方で『車両識別番号を確認できず、具体的な追跡は不可能で、第三者の車両販売、特に中古車販売は当社の統制と責任の外にある』といった発言もありましたね」(国際部記者)
だが、その後も正恩氏の隣に映り込むベンツの映像が国営メディアで流れ、それが全世界へ配信されたこともあり、同社は今後、協力会社が北朝鮮制裁に違反する場合は、取引を中断するなど断固とした対応をとる意向を示した。
「19日には韓国統一部も、『報道された車両に関する具体的な情報や、入手経路を追跡していく』とコメント。ただ、北朝鮮はこれまで、中国やロシアなど複数の中継地点を経由し『第三者』を通して経済制裁の穴をかいくぐってきたこともあり、制裁対象商品の輸入手段を特定するのは難しいと見られています」(前出・記者)
かつて、密輸ネットワークを調査する米ワシントンの非営利団体「高度防衛研究センター(CADS)」が公表した資料によれば、北朝鮮は港湾で貨物を移し替えるなど、複雑なシステムや極秘の海上輸送、不明瞭なダミー会社を通じて運搬していることが判明したという。
「その領域には、中国やロシアなど国連安保理のメンバーだけでなく、なんと日本や韓国も含まれていたといいます。北朝鮮が依頼するシンジケートは、大規模な組織ではなく、個人商店のような小グループが多いため、尻尾が掴みにくい。しかし、彼らが扱う商品は、贅沢品から軍事転用可能なミサイルの部品までなんでもありで、国家が必要とする物品なら何でも扱うといいますから、今回問題視されているマイバッハの輸入も、そういったグループが暗躍したのではないかと考えられています」(前出・記者)
ちなみに、問題のマイバッハのナンバープレートに記された数字「7 27 1953」は、北朝鮮が朝鮮戦争で米国に勝利したと主張する「戦勝節」。西側で生産された車にこの数字を掲げる…これは正恩氏による強烈な皮肉なのかもしれない。
(灯倫太郎)