「明日は今日より豊かになる。明日は今日より幸せになる」
鄧小平が打ち出した改革開放(1978年)以降、中国人はこれを神話のように信じてきた。
世界の最貧国に数えられた中国が、豊富で安い労働力を武器に1990年代半ばには「世界の工場」と呼ばれるまでに成長し、2001年にWTO(世界貿易機関)に加盟すると、2010年には日本を抜いて世界第2位の経済大国に発展した。
世界史に例を見ない急速な発展に、中国政府は「2035年までに米国経済を追い抜く」と豪語したばかりか、軍事力を拡大し、中国が21世紀をリードすると威武を示したものだ。
ところが、ここに来て「神話」は消えてしまったようだ。いまや、「明日は会社があるのか」「給料が出るのか」と心配する中国人が少なくない。
中国で不動産バブルが崩壊したことは世界に伝えられた。ところが、破綻の発端となった恒大集団は50兆円の負債を抱えているにも関わらず、倒産もしていない。
このように、共産党が問題を先送りし抜本的改革を避け、一時しのぎの泥縄的対策ばかりしているから、国民は豊かな生活は続かないと認識しはじめているのだ。
典型的な例がある。
この春節(旧正月)、上海の経済団体に属する旧知の中国人実業家から賀状をもらった。そこには「日本に移住したいとい考えている」とあり、腹の底から驚いた。
この実業家を、筆者は2001年にインタビューしたが、「これからの日本は中国に学ぶべきだ。中国に進出した日系企業は総経理(経営トップ)を中国人に代えるか、少なくとも中国流の新しい経営戦略を見習うべきだ」と言い放っていたからだ。
また、上海在住時に中国語の家庭教師を頼んだ縁で知り合い、現在は日本企業の東京本社に勤めている陸豊艶(仮名)氏は、コロナ禍で出来なかった帰国を今年、3年ぶりに果たし、その体験をこう教えてくれた。
「2018年に日本企業へ転職を決めた私の送別会で、友人は『間もなく中国は米国経済を追い抜く。中国は勢いがありビジネスチャンスが無限にあるのに、いまさら遅れた日本に行ってどうするの』と忠告されました。ところが今回帰省すると、『私も日本に行きたい。ビジネスビザの取得に協力して』と懇願されたのです」
陸さんに忠告した友人たちは、「会社が徹底した合理化を進めていて、いつクビにされてもおかしくない」「弟が失業して、家族は離婚問題に発展した」「上海でも失業したら再就職はほぼ不可能だ」と、厳しい現実を抱えていて、陸さんに羨望の眼差しを向けたという。
不動産バブルの破綻は様々な産業に波及している。中国全土に「閉塞感」という得体の知れない不安が漂っている。
(団勇人・ジャーナリスト)