プーチン大統領の娘がメディア出演、「人命第一」発言の波紋

 これも、3月に控えた次期大統領選を前にした、国民へのアピールなのだろうか。これまでメディアに出ることなどなかった、プーチン大統領の長女マリヤ・ボロンツォワ氏が、地元の医療系非営利団体とのインタビューに応じた映像が年明け、突然YouTubeにアップされたことで、欧米メディアなどは「あまりにも衝撃的な出来事が起こった!」との表現を用いるなど、驚きを持って報じている。

 この動画は「メディアモスクワ」が昨年12月に収録したもので、現在マリヤ氏はモスクワ大学で基礎医学部の副学部長を務めながら、小児内分泌学者としても活躍。インタビューでは、専門分野である遺伝子研究が、今後及ぼすであろうロシアの経済への影響について、「ロシアの社会はそれほど経済中心ではありません。私たちは人間中心の社会であり、最も価値があるのは依然として人間の命です」と、医療従事者寄りのコメントに終始。インタビュアー、本人ともにプーチン氏の娘だとの説明はなく、ウクライナ問題についても一切の明言はなかったものの、「多くの問題は、不適切なコミュニケーションや互いの認識の違いであり、何よりもまず自分自身に対する理解の欠如によって引き起こされているんです」と、捉えようによっては「この問題の本質はウクライナの不適切な理解」とも取れる発言もあり、欧州メディアの中には「プーチンの正当性を歪曲して伝えているのでは?」といった報道もあり、ほかにも「父親(プーチン大統領)の『部分動員』に巻き込まれて最前線に送られた人が同意するだろうか」(英BBC記者のSNS)等々、その発言に驚きと皮肉交じりの声が上がっている。ロシア国内に詳しいジャーナリストが語る。

「ロシア大統領府のウェブサイトに掲載されているプーチン氏の公式な経歴によれば、マリヤ氏は1985年生まれ。下に1歳年の離れたチホノワ氏という妹がいるのですが、彼女たちは2人とも、ロシアによるウクライナ侵攻後、欧米から資産凍結などの制裁対象になっています。そんなこともあり、大統領府は『安全上の懸念』を理由に、以前にも増してプーチン氏一家の私生活は一切公開していません。そこで選挙を控え、名前は出さぬまでも、娘をメディアに登場させ、『人命が第一です』と語らせることで、改めて戦争の正当性と家族の絆を国民にアピールする狙いがあったのかもしれません」

 2人の母親は、アエロフロート航空の元客室乗務員、リュドミラ・プーチナ氏で、当時KGBの職員だったプーチン氏と1983年に結婚。2014年に公式に離婚しているが、2015年の記者会見でプーチン氏は、「私は娘たちが誇らしい」とし、「ただ、すべての人には自分の運命のとおりに生きる権利があり、娘たちも自分の人生を送っている」と語っていた。

 だが、米財務省によれば、チホノワ氏は、ロシアの防衛産業を支援する仕事に従事するハイテク企業の幹部の地位にあり、マリヤ氏も国の出資を受けた、プーチン氏が個人的に監督する遺伝子研究計画を主導する立場にあるとされ、そうなると、2人がはたして「自分たちの人生を送っている」かどうかは疑問だが、これまで安全上の問題として一切メディアに出さなかった長女が突然メディアに登場した背景には、プーチン氏自身の何らかの思惑があることは間違いない。とはいえ、皮肉にも世界中に違和感だけを与えるインタビューになってしまったのである。

(灯倫太郎)

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