中国・天津の国際デパートで個人輸入の通販事業を立ち上げた時（1989年）、僕には通訳をしてくれるS君という男性がおりました。S君は非常に頭脳明晰で信州大学に留学経験があるため、日本語はペラペラ。中国語が話せない僕にとっては強い味方でありました。
そんなS君から「社長にどうしても頼みたいことがあるんです」と言われ、ホテルで話を聞くことにしました。確か１泊7000円ぐらいのホテルだったかな。先に部屋に入った僕がくつろいでいると、後からやって来たS君の挙動がなにやら不審。じっと様子を窺っていると、なんとテーブルや椅子の下からベッドの下に頭を突っ込んで部屋中、くまなくチェックしはじめたじゃありませんか。キョトンとしている僕を見て「中国には盗聴器が仕掛けられているから下手に話ができないんです」ということを身振り手振りで伝えてきました。
次に彼は紙とペンをカバンから取り出すと物凄いスピードで筆を走らせました。「石田さん、僕はあなたのために一生懸命、仕事をしたい。でも、中国にいたら自由もないし、働けば働くほど賄賂をもらっていると疑われてしまいます。僕は石田さんと一緒に仕事がしたい、どうか日本に連れて行ってもらえませんか？」と。
盗聴器だの筆談だの、もう気分は007のジェームズ・ボンドみたいです。
彼は優秀な人材でしたし、僕は即決で日本の会社で働いてもらう事を快諾しました。それからは僕が入国管理局に申請用紙を受け取りに行ったりと大忙しです。
そして、報告は決まってトイレの中。“小”の方に立って「石田さん、書類は送ってくれましたか？」「送ったよ」お互いに顔を合わせずに正面をじっと見つめたままひと言、二言。う～ん、ますますスパイっぽいです！
いよいよ本人がパスポートを取得し、僕が飛行機のチケットを手配する段階に。この時はカップルで混雑している公園で落ち合いました。まず、空いている席にS君が座り、それを目視した僕が少し間隔を空けた場所に腰掛ける。さあ、詰めのチケットの受け渡しの話になるぞ……と、その時、警察官が20人近く僕らの方に向かって歩いてきたんです。
ザッザッザッ、足音が近づくにつれS君の顔色はみるみるうちに青白く硬直していきました。
「石田さん、もうダメです。逮捕されます。どうか、妻と子供の事を宜しくお願いします！」
僕にはさっぱり理解できなかったけど、まあ、当事者としては裏切り行為のような背徳感があったんでしょうね。でも、結局その警察官たちは僕らの前を素通りしていったわけです。
こうして無事、北京から飛行機に乗った僕とS君でしたが、途中でとんでもない出来事が勃発しました。ちょうどお腹もペコペコで機内食が配られて、やった～という気分だったところ、突然、S君が口火を切ったのです。
「社長、日本に家賃8万円のアパートを借りていただいていますが、僕の給料はいくらになるのでしょう？」
「うちの会社は初任給18万円だからほかの社員と平等にするよ。本当は家賃分も含むところだけど、中国から来て頑張る貴方を応援するよ。アパートは社宅として給料は18万円ね」
そう答えると、烈火の如く怒った彼の反撃が始まりました。
「馬鹿にするのはやめて下さい。それはルール違反です。私を雇い入れる時、石田さんは35万円の最低保証を支払うというルールを読まなかったんですか？」
当時、中国人を雇い入れるためには35万円が最低保証として定められていました。でも、それはあくまでもトップレベルの人材を雇用するケースです。「日本で僕と一緒に働きたい」と懇願する彼の純粋な思いをくんで、いろいろ尽力してきたのに、いきなりの「ルールを守って下さい！」とは、こちらも怒り心頭です。もう、機内食を悠々と食べられる状況じゃありません。
「君ね、ルールを守れと言われても、うちの会社はまだ小さいし、35万円プラス家賃を支払っている従業員はいないんだよ。わかった！ 僕はもう君に日本に来てもらいたくない。日本に着いたらすぐにチケットを買うからそれで中国に帰ってくれないか。1カ月分の給料35万円は支払うよ」
腹がたつやら悔しいやら。すると彼、なんて言ったと思います？
「わかりました。じゃあ特別に18万円でお受けします」だって。「特別に」って、もうどっちが社長だかわかんないよね。
そんなS君ですが、来日後に素晴らしい才能を開花させていったのです。
石田重廣（いしだ・しげひろ）株式会社夢グループ、株式会社ユーコー代表取締役社長。1958年7月1日生まれ、福島県出身。自ら出演する「夢グループ」のテレビショッピングで大人気。昨年、保科有里とのデュエット曲「夢と…未来へ」で歌手デビュー。今年8月30日に第2弾シングル「やすくして♡」を発売、ネット上でも話題に。
