朝鮮戦争の休戦協定締結から70年を迎えた先月27日夜。その日を「戦勝記念日」と位置づける北朝鮮が、首都平壌で大規模な軍事パレードを行った。今回の式典には、ロシアからセルゲイ・ショイグ国防相、中国からは李鴻忠全人代副委員長が出席。そんな中を北朝鮮兵士や戦車、戦闘機、そして大陸間弾道ミサイル(ICBM)の行列が通り過ぎると、沿道からは大きな拍手と歓声があがった。
ところがパレードの中、突然会場を張り詰めた空気に変えたのが、隊列を組んで進む男たちの集団だった。男たちは深夜にもかかわらず、全員がサングラスに黒いスーツ姿。そして朝鮮中央テレビに映し出されたテロップには『国家保衛省縦隊』の文字が。
北朝鮮ウォッチャーも、普通ではありえないこと、としてこう語る。
「国家保衛省縦隊といえば、それが国務委員会直属の秘密警察を指すことは、国民なら誰もが知っていますからね。秘密警察という組織の主な任務は、国内の危険分子を秘密裏に洗い出し、それを監視し、密告すること。そのため、通常、彼らが公の場で顔を晒すことはない。深夜でサングラスをかけているとはいえ、パレードという公の場に堂々と現れること自体、極めて異例なのですが、実は、昨年4月に行われた朝鮮人民軍創設90周年記念の軍事パレードにも、彼らは同様のスタイルで参加しているんです。前回同様、今回もどんな意図があるのかはわかりませんが、おそらくは国民の多くがこの映像に驚かされたことだけは間違いないでしょうね」
昨年、朝鮮人民革命軍の創設90周年に合わせて軍事パレードが行われたのは、4月25日夜のことだが、翌26日に朝鮮中央テレビで放送された映像でも、ICBM「火星17」など新型兵器が行進する中、秘密警察である国家保衛省の300人ほどの一団が確認でき、同日の労働新聞に掲載された行進リストにも、「国家保衛省縦隊」の名前がハッキリと記されていたという。
「国家保衛省の役割は、米国のCIA、ロシアの対外情報庁(SVR)などと同様、国家秩序維持のための情報収集や危険分子の摘発とされますが、実態はよくわかっていません。ただ、2013年に正恩氏の叔父である張成沢氏が、国家転覆陰謀行為で死刑となった際、それを調査・情報収集したのが2016年に改称する前の、国家安全保衛部だったことは有名な話。また韓国の情報機関によると、金正男氏の暗殺にも国家保衛省が関わっているとされています。いずれにしろ、この組織は反革命分子たちを見つけ出し、金正恩体制に反対する勢力に対しては拉致監禁・暗殺など、どんな方法を用いても実行に移すというセクション。その対象は北朝鮮国民全員であり、労働党幹部でさえも例外ではないということです」(同)
だとすると今回、パレードにあえて秘密警察を登場させた背景には、すべての国民に対し、社会風俗を乱したり、反社会的な行動を取らないよう「警告」の意味もあったと見ることもできるだろう。いずれにせよ、独裁者をピラミットの頂点にした、恐怖の権力構造は当分続きそうだ。
(灯倫太郎)