小沢仁志「俺がフィリピンで実弾を撃つ訓練をしている理由」

 最近、少しだけコロナ禍が収まってきて、海外旅行に行く日本人も増えてきたとニュースで見聞きした。

 俺が初めて海外旅行へ行ったのは、フィリピン。マネージャーも同行せず、完全な一人旅で。今の事情はわからないけど、いちばん「ヤバいぞ!」と思ったのが、現地での税関手続きだった。

 俺が今60歳だから、35年ぐらい前の25歳頃だったかな。あの頃の日本は、カセットテープをイヤホンで聴く「ウォークマン」が大流行していたんだよね。当然、俺も愛用していて持ち込もうとしたら、怒鳴られて驚いた。「これは何だ! 申請許可を出して持ち込もうとしたのか!」と。相手はタガログ語だから、何を言っているのかすべてを把握できなかったけれど、ウォークマンに対して怒っていることだけはわかった。たかが音楽を聴くためだけの小型機器だぜ。「フィリピンの国内で使いたいなら3万円払え」と言われてキレたね。

 話し合いが進まず、掃除係のヤツにトイレに連れて行かれて、待ち受けていたのが大勢の警備員の大男たち。「パスポートを寄こせ。金を払え」と詰め寄られ、反抗したら大乱闘になった。最後は観念せざるを得なかったけど、あれは今でも悔しい経験だったなぁ。後から知人に聞いた話だと、パスポートの中に2、3万円挟んでおけば、簡単に税関を通してもらえたらしい。

 ちなみに俺がフィリピンに足を運ぶようになった理由は「銃の実弾を撃つ訓練ができるから」っていうのが大きい。

 自分が主演、出演する作品には、銃を撃つシーンがとても多い。でも、通常はリハーサルで何度か練習するだけ。本番では空砲を撃って、それなりの見栄えにはなるんだけど、それではちゃんとしたアクションのニオイやリアリティが出ないんだ。だから、撮影前は今もフィリピンに行って、実弾の撃てる射撃場でトレーニングをしている。

 当時のフィリピンは、どの地域で命を落としてもおかしくないほど、危ない国だった。まだまだ若い20歳前の若者が、日常的に胸元や腰に、実弾を詰めたリボルバー(回転式拳銃)を隠しながら働いているぐらいで、銃を持つのが当たり前の社会だったんだよ。

 フィリピンがどんな国なのか個人的な見解を伝えさせてもらえば、とにかく地元の人たちは警察官を信用していない。なぜなら「バランガイ」という住民の組織が地域を守っているわけ。日本になぞらえるなら、自警団的な存在。しかもバランガイの彼らは尊敬されていて、「警察官にお金を払うぐらいならバランガイに払いたい」と地元の人間は考えているし、バランガイに言われたことにはすぐ納得する。警察官が信用されていない国って、危険すぎると思わない?

 しかも、フィリピンってアバウトな気質を持つ人が多いらしく、これも最初は驚きだった。

 フィリピンに行くと、35歳の頃からずっと、イタリアのピエトロ・ベレッタ社製の「ベレッタ」という銃で練習していたんだ。色はメタリックシルバー。行くたびに、ずっとその銃を使ってきたのは先方も理解していたはずなのに、あるとき出してきたのは黒のベレッタ。「俺がいつも使っているのはメタリックシルバーだろ!」とキレたら、黒い銃を銀色のスプレーで塗って手渡された(笑)。

「いいかげんすぎるだろう!」と言いたいツッコミを我慢して、「いつもの銃はどうした?」と聞いたら、「誰かが借りている」と言う。だから「もういい! 俺が買い取るから誰にも貸すな!」と伝えて購入したけど、もう保管されていないかもしれないなぁ‥‥。

 俺がここまで銃を撃つシーンにこだわるには、理由がある。俺が出ている作品に限らず、ほとんどの視聴者はアクションシーンでまず役者の目を観ているだろう。ただ一方で、ほんの少数かもしれないが、〝ガンマニアたち〟は銃の撃ち方に注目して観ている。彼らは「いかに美しく銃を撃っているか」にこだわって観ているから、練習が浅いとすぐに見抜かれてしまう。騙せないんだよ。

 フィリピンの銃訓練に話を戻すと、民間人がお金を払っても簡単には許可してもらえない。俺はマルコス元大統領の右腕と呼ばれていた男性と縁があって、当時、彼がマルコス氏に頼んでくれたから実現できた。大統領がYESを出せば、絶対に約束は守らないといけないからね。当時の日本と比較すると、「向こうは権力がすべてだな」と恐ろしくも思いつつ、感謝した。

 マルコス氏に助けてもらったこともあったなぁ。警察署からパトカーを3台借りて、フィリピンで撮影していた時のこと。警察官が何人も集まってきて「今すぐ撤退しろ」と大騒ぎしたんだ。誰も俺の意見を聞いてくれない。だからマルコス氏に電話して事情を説明したら、彼が「それは事件ではなく、ロケだ」と断言したもんだから、警察官は即撤退。おかげで撮影を続行できた。

 最後に1つだけ忠告を。これから、海外へ旅行することのある読者もいると思う。もしも海外で銃を突きつけられて脅されたら、絶対に相手の目を見てはいけない。目を見てしまうと、相手は「顔を覚えられた」と認識して、殺されてしまうから。ただ、危険な時ほど目を閉じてはダメなので、目は開きつつ両手を上げて下を向く。

 俺はフィリピンのトイレで用を足している時に背中に銃を突きつけられたけど、隙を逃さず5秒で銃を解体してやった。そんなことできる読者はほぼいないだろうけど。

 目を閉じた瞬間、ヘタすると人生が終わることもあるから、忘れるなよ!

小沢仁志(おざわ・ひとし)俳優・映画監督・プロデューサー。1962年6月19日生まれ、東京都出身。「日本統一」シリーズなど、映画やドラマで活躍。YouTubeチャンネル「笑う小沢と怒れる仁志」ではVシネマの裏話など配信中!

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