今もなお、ロシア各地の刑務所から凶悪な受刑者をスカウトし、戦地に送り込んでいるロシアの民間軍事会社ワグネル。しかし、前線では囚人兵士たちの死亡が次々に伝えられ、あるいは投降、逃亡による行方不明者も続出しているといわれる。
そんな中、ワグネルが親ロシア国のセルビアで「掟破り」の行動に出たことで、両国の間に大きな溝ができ、それが広がりつつあるというのだ。
「ワグネルは昨年12月、ネット上にセルビア語で戦闘員募集のサイトを開設したのですが、今年1月、ロシア国営放送局『RT』のセルビア支局がこのサイトを後押しするかのごとく、セルビア人志願兵がロシア兵と共に軍事訓練を受けている映像を流し、セルビア国民にウクライナで共に戦うよう呼びかけたんです。さらに17日には今度はロシアの通信社『RIA Novosti』が、ウクライナでの武器訓練に参加する2人のセルビア人の映像を公開。セルビアでは、自国民が国外の紛争に参加することは違法。2014年のクリミア併合の際も、紛争に参加したした兵士はあくまで金で雇われた傭兵であると位置付け、承認していなかった。そんな中で堂々と兵士勧誘の映像を放映したわけですから、映像を目にしたセルビア国民から怒りの声が噴出しても当然です」(全国紙記者)
もちろん、セルビアのアレクサンダル・ヴチッチ大統領も黙ってはいなかった。即刻、国営テレビに出演、「なぜワグネルは、私たちの規則に違反すると知りながら、セルビア人に呼びかけるのか」と怒りもあらわに談話を発表。首都ベオグラードに拠点を置く反戦団体が、ロシア大使とセルビア保安・情報局(BIA)のトップを刑事告発する事態にまで発展した。
「さすがにワグネルのプリゴジン氏も、ここまで騒ぎが大きくなるとは思っていなかったのでしょう。慌てて『我々はセルビア人を募集していない』との声明を出したものの、時すでに遅し。ヴチッチ大統領は直近の欧州議会で『私たちにとってクリミアはウクライナであり、ドンバスはウクライナだ。今後もそのままだ』とウクライナ寄りの発言をするなど、ロシアとの亀裂が浮き彫りになっています」(同)
セルビアは北大西洋条約機構(NATO)に対する反発もあり、ベラルーシと並ぶ「親露国」として、ロシア制裁には加わらないスタンスをとってきた。つまり同盟国ベラルーシを除けば、欧州で最も良好な対露関係を保ってきたとされるこの国で、ロシア不信が広がったのだからプーチン大統領も頭を痛めているに違いない。
「これまで蜜月関係だったプーチン大統領が距離を置き始めたことで、プリゴジン氏に焦りが出始めたのでは、といった見立てが目につきます。たしかに、ロシア軍制服組トップのゲラシモフ参謀総長がウクライナ駐留ロシア軍の総司令官に就いたことで、プリゴジン氏の存在感は一気に低下してしまった。さらに、今回の兵士リクルート問題でセルビアがロシアに拒否反応を示すとなれば、プーチン氏のプリゴジン氏に対する対応はより厳しくなると想像されますね」(同)
窮鼠猫を噛む。追い詰められたプリゴジン氏が次にとる手段とは…。
(灯倫太郎)