池上彰が徹底解説「ロシア-ウクライナ戦争は10年続く」(3)外敵に怯える超大国ロシア

─それにしても超大国のロシアは何に怯えているのでしょう?

 昨年9月、ロシアが北方領土で軍事演習したことがありましたよね。日本国内ではロシアが攻めてくるんじゃないかと勘違いした人がいましたが、実はロシアの東部を管轄する東部軍管区の兵力の大半はウクライナに投入されていました。そのため、守りが手薄な北方領土を日本が取り戻しに来るのではないかとロシアは恐れていたんです。

─真逆だったんですね。考えもしませんでした。

 でも、ロシアからすれば日本は「北方領土は固有の領土」と言っているわけです。実際、日本の国会議員の中には北方領土は戦争で取り戻すしかない、と言った人もいました。つまり、専守防衛で、自衛隊が取り戻すべきだという政治勢力が日本にはある、とロシアは受け止めているわけです。ですから「いつでも迎え撃つぞ」と虚勢を張り、なけなしの軍事力を使って軍事演習をしたんです。

─そこまで疑り深いのは何故でしょうか?

 ロシアは国境線が長く、守るのは大変なんです。実際、19世紀にナポレオンが攻めてきて、モスクワを一時占領されてしまった。日露戦争では日本に負け、1917年のロシア革命では多くの資本主義国が革命を潰すために軍隊を送り込みました。日本からもシベリア出兵がありましたよね。さらに、第二次世界大戦では、ドイツがソ連に攻め込んできた。歴史を見ればロシアは常に外敵に怯えてきたんです。ちなみに、この独ソ戦(1941〜1945年)でロシアは2660万人の死者を出しています。ロシアから見ればウクライナとの戦争はまだ1年、死傷者もまだ十数万人だけという見方だってできるわけです。

─プーチン失脚でもなければ戦争が終わりません。

 確かに一部では、プーチンの健康不安説が囁かれています。しかし昨夏、イギリスの情報機関トップがプーチンは健康だと認めています。今のところ病気などで失脚する可能性は低いですね。

─クリスマス停戦もあり、期待していたのですが。

 あの停戦でロシアのクリスマスが1月7日だと知った人は多いのではないでしょうか。西洋ではグレゴリオ暦を使いクリスマスは12月25日。ロシア正教はユリウス暦で1月7日になるんです。ウクライナの多くはロシア正教と同じでクリスマスは1月7日です。つまり、クリスマス休戦により「12月25日はクリスマスではない。我々は同じ東方正教会ではないか」と、ウクライナ国民へ訴えかける心理作戦だったんです。

─この戦争は、ベトナム戦争のように泥沼化してしまうのでしょうか?

 そもそもロシアとウクライナの戦争が昨年から始まったという私たちの認識が間違っているんです。14年のクリミア併合の時から東部ドンバス地区ではずっと戦争状態が続いていたわけです。

─戦争が一度始まると簡単には終わらないことがわかりました。

池上彰(いけがみ・あきら)1950年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、1973年にNHK入局。報道局社会部でさまざまな事件を担当。94年より11年間、「週刊こどもニュース」のお父さん役として活躍。2005年にNHKを退社、フリージャーナリストとして多方面で活躍。現在は名城大学教授、東京工業大学特命教授、東京大学客員教授など11の大学で教える。「伝える力」シリーズ(PHP新書)、「おとなの教養」(NHK出版新書)、「私たちはどう働くべきか」(徳間書店)など著書多数。近著に「そこが知りたい!ロシア・ウクライナ危機 プーチンは世界と日露関係をどう変えたのか」(徳間書店)

ライフ