池上教授の白熱授業の第2週目はその青空が黒煙で覆われる戦火の地・ウクライナへ。ロシアの軍事侵攻から間もなく1年を迎えるが、血塗られた道をひた進むプーチン‥‥。いまだ終わりの見えないドロ沼戦を池上節でズバリ直球解説で読み解いていく─。
─前編は、習近平1強の中国、米大統領選、翻って日本の賃上げなどについて伺いました。今週は戦火の続くウクライナ問題から伺いたいと思います。
はい、昨年の2月24日に始まり、まもなく1年を迎えますが、当分終わりません。
─ええっ、短期決戦だったのではないですか?
確かに最初はそのはずでした。ロシアは北京冬季オリンピックの閉会式後に侵攻を開始し、2週間後のパラリンピック開会式前に終わりにするつもりだったわけです。これは、オリンピック期間中に戦争をしないようにと中国に遠慮していたんです。ところがパラリンピック前に決着をつけようとしたが大失敗してしまったというわけです。
─ウクライナを軽視していたということでしょうか?
そうです。今回は、作戦初日にゼレンスキーを暗殺するためのロシアのエリート空挺部隊を送り込んでいます。ところが、キーウ近郊の空港に着陸する前にウクライナ軍によって撃墜され、全滅してしまった。そのため、ゼレンスキーを暗殺することができなかったわけです。同時に、ベラルーシ国境付近からキーウに向かって攻め込んだ戦車は3日分の食糧しか持っていなかった。つまり、プーチンによる「特別軍事作戦」は、ゼレンスキーを暗殺し、傀儡政権を樹立すれば3日で終わると思っていたんです。これは、14年の「クリミア併合」の成功が大きく影響していると思われます。あの時、ウクライナはわずか数日で降伏しています。
─その成功体験が今回の失敗になったわけですね。
反対に、ウクライナはこの失敗から学び、軍の指揮官をアメリカに派遣して軍事訓練を受けるなど、軍隊を鍛えたわけです。14年の兵力はわずか5万人でしたが、それ以降徴兵制を復活させ、常備軍20万人、予備兵90万人に増員しています。だからロシアが15万人でウクライナを攻め込んだ時に110万人の兵力で迎え撃つことができたわけです。
他にも有名なのが対戦車ミサイル「ジャベリン」が有効でした。米国から大量に供与されていたわけですが、ベラルーシからキーウに向かって攻め込んできたロシアの戦車が次々に餌食になった。これはすごいと世界中から引き合いが来て米国の兵器会社は生産が間に合わなくなっています。
─ロシア軍がこんなに旧式で弱いとは思いませんでした。
でも、実際にはロシアもサイバー攻撃を行っています。14年のクリミア併合ではロシアのサイバー攻撃によりウクライナ政府がまったく機能しなくなってしまい、クリミアを押さえることができたんですね。そのためウクライナは、アメリカの全面的な支援により、ロシアのサイバー攻撃に太刀打ちできる準備をしておいたのです。その結果、昨年2月24日に攻め込む直前に、ロシアはサイバー攻撃を行いましたが、ウクライナ側はビクともしなかったわけです。
─ウクライナはクリミア併合を教訓にしたのですね。
その通りです。成功体験におぼれて失敗したロシア、反対に失敗体験から学んだウクライナ。これが今回の戦争で明暗を分けたわけです。
池上彰(いけがみ・あきら)1950年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、1973年にNHK入局。報道局社会部でさまざまな事件を担当。94年より11年間、「週刊こどもニュース」のお父さん役として活躍。2005年にNHKを退社、フリージャーナリストとして多方面で活躍。現在は名城大学教授、東京工業大学特命教授、東京大学客員教授など11の大学で教える。「伝える力」シリーズ(PHP新書)、「おとなの教養」(NHK出版新書)、「私たちはどう働くべきか」(徳間書店)など著書多数。近著に「そこが知りたい!ロシア・ウクライナ危機 プーチンは世界と日露関係をどう変えたのか」(徳間書店)