この秋に控える中国共産党の党大会で国家主席の3期目続投が確実な習近平氏は、世界で最も悩みの少ない指導者の1人だろう。不動産バブルの破綻、経済の行き詰まり、米中対立があっても、共産党体制が揺るがないかぎり身分は安泰だからだ。
ところが、そんな習近平氏を、2012年の国家主席就任以来、悩ませ続けている社会問題がある。それが「光棍児(クヮンクンァル)」だ。
「光棍児」の光は「ただそれだけ」という意味。棍は和漢字の「棒」と同じなので、役立たずの“ただの棒”だ。児は男児だから、つまり結婚できない男性を蔑んだ呼び方である。
1979年から2015年まで続いた「一人っ子政策」は、若者の男女比を崩壊させた。とりわけ農村部などでは跡取りの男児が望まれるため、女性の数が激減。男性は婚期が来ても「結納金」や「家」が用意できずに、生涯女性の肌に触れることなく人生を過ごす人も少なくない。
政府系シンクタンクは“一生結婚できない人”の数を1000万人と予測するが、実際はこうした「光棍児」が3000万人以上いると伝えられている。
中国はたしかに豊かになったが、中国人の心のなかには、たくさんの“不満”が渦巻いている。不動産バブルに乗り遅れた、役人に理不尽な仕打ちを受けた、金が命に優先する、戸籍に格差がある、人権が尊重されない、騙される奴が悪い‥‥理由はさまざまだ。
そのフラストレーションがマグマのように膨らんで3000万の光棍児の不満と結び着いたら、共産党の強権をもってしても抑えることは難しいだろう。ウイグル、チベット、香港問題を腕力で抑え込んできた習近平氏であるが、この光棍児問題を「暴動要因」として最も恐れているとも言われている。
彼らに対する中国人の目は実に冷ややかだ。「光棍児」の言葉を説明する時、大半の中国人はストレートに「人生の負け組」と言い切る。しかし何故、男だけが“光棍”と軽蔑されなければならないのか。
もともと中国では、「結婚して家庭を持ち、子供をもうけるのが当たり前」 というのが伝統的家族観だった。中国経済が本格化する1990年代ぐらいまでは、結婚しない男女を労わりの気持で「大青年」と呼んでいた。
それが、経済成長の著しい2000年代に入ると、軽い侮蔑をにじませた「剰男」「剰女」という呼称に変わった。「剰」は中国語で「残り」の意味なので、「剰男剰女」は「売れ残りの男女」のことだ。
一般的に「30歳を超えた未婚の男女」を指しているが、中国の大都市では高学歴、高収入の女性が増えていて、「結婚して子供を育てる」という生き方から、結婚より仕事という考えが広がっている。すると、女性が圧倒的売り手市場である中、ますます結婚できない男性が増えることになる。
いずれであれ、共産党政府の政策の犠牲となった男たちがエネルギーを爆発させたら、中国社会は半端ではない事態が生まれるだろう。
(団勇人・ジャーナリスト)