吉高由里子が大河で挑む「紫式部」時代の性と暴力(3)藤原道長は未亡人を「拉致&暴行」の暴虐

『源氏物語』が書かれた時代は、一条天皇の時代だが、その1代前の花山(かざん)天皇は、在位期間の短さに比してとびきり話題の多い人物だった。

「花山天皇は、叔父の天皇が譲位したことで、わずか17歳で天皇となったためか、血気盛んで、平安後期に描かれた歴史物語『栄花物語(えいがものがたり)』などには、家臣に娘を差し出すように命じたとか、『江談抄(こうだんしょう)』という書には、即位式が始まる前に女官を高御座(たかみくら)にひきずり込んで犯したというバイオレンスなエピソードが記されています。しかも、即位から半年の間に4人もの女を宮中に迎え入れたといいます。まもなく最愛の女性・忯子(しし)が亡くなり、19歳の時には突然出家して、わずか2年で退位してしまう」(末國氏)

 平安時代のバイオレンスとは、権力闘争もさることながら、実際の暴力も激しかった時代だと前出の河合氏は解説する。

「いわゆる死刑などが350年間ぐらい行われていなかったので、その意味では平安だったわけですが、庶民に限らず貴族もけっこうな暴力事件を起こしています。藤原道長自身も、20代前半の若い頃、役人登用試験の試験官を拉致して脅し、知り合いの試験結果の改竄を迫ったりしている。道長の四男の藤原能信(よしのぶ)などは、未亡人への性暴力未遂犯の逃亡に手を貸したり、強制行為をされかけた当の未亡人に暴行し、拉致し、あげく未亡人宅で略奪の限りを尽くしたとされる。実行したのは従者とはいえ、トンデモなバイオレンス親子であったことは間違いなさそう」

 河合氏は続ける。

「道長の甥で藤原伊周(これちか)という人物は、出家して法皇となっていた花山天皇が、自分の女に手を出しているんじゃないかと疑い、花山法皇に弓を射かけさせ、法衣を射貫くという事件(長徳の変)を起こしている。伊周は、かつて、道長のライバルで権力の座を争ったほどの地位にあったのに、女のことで元天皇に弓を射たことで失脚し、大宰府に左遷されてしまいます」

 それにしても天皇に弓を射かけるとは、後先を考えないウルトラ・バイオレンスな所業だが、末國氏はさほど驚く様子を見せない。

「この時代なら、そんなに珍しいことではないでしょう。天皇は担がれる存在で、都合が悪くなれば、退位させて他の人物を天皇にすればいいというくらいの存在。〝神聖にして侵すべからず〟というのは近代になってからですから」

 今日我々が抱く、平安時代のイメージとはかけ離れた、少しも平安ではない側面が、「源氏物語」の背後にはあったようだ。

 性もバイオレンスもすぐ、傍らにあった時代である。

 2024年の大河ドラマ「光る君へ」は、紫式部と藤原道長を主人公に、そのタイトルである「光源氏」を巡る物語世界と、史実をベースにした歴史世界が同時に描かれる展開が予想される。

 生の讃歌である性行為と死へといざなうバイオレンスが交錯する平安王朝の絢爛絵巻を予感しながら、まずは、一度は手に取るべき究極の古典「源氏物語」をひもといてみるのも悪くはないだろう。

末國善己(すえくに・よしみ)
68年、広島県生まれ。文芸評論家。時代小説、ミステリを中心に評論活動を行っている。著書に「時代小説で読む日本史」「夜の日本史」、編著に「商売繁盛」「いのち」などがある。

河合敦(かわい・あつし)
65年、東京都生まれ。多摩大学客員教授。歴史家として数多くの著作を刊行。テレビ出演も多数。最新刊は「徳川15代将軍 解体新書」(ポプラ新書)。

高木和子(たかぎ・かずこ)
64年、兵庫県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科教授。著書に「男読み 源氏物語」(朝日新書)、「源氏物語再考」(岩波書店)、「源氏物語を読む」(岩波新書)など。

*「紫式部」時代の性と暴力(4)につづく

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