ロッテ・佐々木朗希が自己最速の164キロを記録したのは、今年3月27日の楽天戦のこと。5月21日には自己最速タイを5球も数えており、記録更新は時間の問題だ。では、日本プロ野球界の歴代最高球速ランキングはというと、1位が巨人チアゴ・ビエイラの166キロ、2位は日本ハム時代の大谷翔平と、広島ロベルト・コルニエルの165キロ、それにロッテの佐々木朗希とソフトバンクの千賀滉大が164キロで続いている。
さて、プロ野球にスピードガンが導入された80年代、球速150キロを超えるピッチャーはそうそういなかった。そんな中、中日のエースとして活躍した小松辰雄の150kmのストレートは、ブラウン管越しでも「恐ろしく速い」と感じたものだ。野球中継でも速度表示され、小松投手は「スピードガンの申し子」と呼ばれた。
そこで議論になるのが、“スピードガン以前”の球速である。400勝投手の金田正一は150キロ以上出ていた、いや、奪三振王の江夏豊の方が速度は上だった、それを言うなら全盛期の江川卓…といった話がプロ野球ファンの間で今なお行われているが、その論争には名前がのぼらない通算219勝の大投手がいる。
元中日のエース左腕・山本昌投手である。東海テレビのYouTubeチャンネル〈【東海テレビ公式】ドラHOTpress〉の6月6日付投稿回に出演した山本氏曰く、
「人生最速は143kmっていうのを東京ドームで投げた記憶があって、現役時代にスピードガンだけ出す投げ方を編み出したんだよね。(中略)グ〜って腕に力入れてから投げるとガン(速度)だけは出るんだけど、棒ダマなんだよね。そういう時に限って打たれるの。(中略)たまにね、今日全然スピードガン出ねえなって時は、試合中でも『う〜りゃ〜!』って投げて、今日のマックスみたいなボール球投げて…」
まるでカラオケで100点を取るみたいな、そんなコツがスピードガンの計測にもあったようだ。
(ユーチューブライター・所ひで)