すると、この女性と、ある中国人男性の関係が浮上する。男性は年若き留学生。女性がよく立ち寄るスーパーでアルバイトをしていた。ある日のこと、突然降り始めた雨に女性が困っていたところ、留学生が傘を差し出し、ふたりは知り合った。07年のことだ。
以後、女性は防衛省には申告せぬまま、この男性と食事を重ねた。当人の弁によれば、「翌08年までに2回ほど」ということであったが‥‥。
「交際経緯からすると、複数の工作員がかかわって入念に計画されたハニートラップだ。女性の行動確認を行い、ルーティンを把握し、そのうえでスーパーに年若き留学生を配して接触の機会をうかがった。それ以外に、この不自然な出会いは説明しがたい。別の見方をすれば、それほど重要な工作対象であったということだ。となれば、女性の弁明程度で関係が終わるとは思えない。終わっていたとするなら、それから5年も経って、内部文書を持ち出すはずもない」
省内の関係者は、そう語った。中国への情報漏洩はなおも進行中であったというのである。
しかし、肝心の調査は途中でストップ。これ以上の追及はなされなかった。防衛省は当初、任期満了による退職でコトを済まそうとしたのだ。しかも、コトがマスコミに漏れそうになっても、女性を注意処分に処したものの、なお公表は避け続けた。ついに報じられることがわかって、ようやく公表したのだった。
「情報組織の中枢に中国が手を伸ばしつつあったということは、どうあっても伏せておきたかったとみられる。それほどまずい事案だった証拠だ」(省内の関係者)
女性職員は外国情報機関による諜報活動などについて専門的な知識を有している、いわゆる「情報のプロ」ではなかったとされるが、それでも省内には激震が走ったというのだ。
今回の情報保全隊隊員への疑惑は、それ以来の情報部門への工作事案と言える。まして、対象となったのは、プロの「スパイハンター」だというから、その衝撃は計り知れない。
もっとも、中国側の工作の詳細を確認する中、ターゲットとされている隊員がすでに退職していることが判明した。ならば、大事には至らないのではないか─と断じかけたが、そうではないようだ。前出・公安関係者は、こう付言したのである。
「退職したとはいえ、情報保全隊にかかわる情報には通じている。もちろん知識や資料もあるだろう。しかも、現役の上司や同僚もいる。もう辞めているからと軽んじていたら、とんでもないことになりかねない」
その昔、「スパイに引退はない」と言った人物もいたというが、防諜の観点からすると、「スパイは引退させない」と言うべきなのかもしれない。
現在も退職した隊員および周辺への公安当局による捜査は継続しているという。
時任兼作(ジャーナリスト)
*「週刊アサヒ芸能」9月16日号より