205カ国、約1万1000人の国と選手が集う五輪ともなると、あらゆる国情を抱えた選手が訪れるもので、ウガンダ選手が失踪して難民申請を求めたり、ベラルーシの選手が亡命を求めるということがあった。五輪前にも5月に行われたサッカーワールドカップ二次予選で来日したミャンマー人選手が日本政府に保護要請するということもあった。
ウガンダ人選手の場合は「生活が苦しい国には戻らない。日本で仕事をしたい」という、国そのものの貧窮がその理由で、ミャンマー人選手の場合は、日本戦で軍事クーデターを起こした国軍への抵抗を示す「3本指」を掲げたからで、「帰国すると迫害を受ける可能性が高い」からというものだった。
もちろんそれぞれに深刻な理由を抱えるものだったが、同じ荒れた国情が理由ながら、ベラルーシの陸上選手のクリスチナ・チマノウスカヤさんの場合はちょっと空恐ろしい。この国の場合、亡命は文字通り命をかけたもののようだ。
「彼女いわく、コーチから自分が1度も出場したことがない1600メートルリレーに出場させられそうになったので、インスタグラムでコーチ陣に抗議の意を表明したところ、これが国内で大問題に。ベラルーシのオリンピック委員会から帰国を命じられて『強制送還されそうになった』ということです」(全国紙記者)
ベラルーシでは昨年8月に行われた大統領選挙で、アレクサンドル・ルカシェンコ大統領が再選。1994年に当選して以来、96年には任期を延長して、04年には憲法の3選禁止条項を撤廃するなどして現在6選。30年にわたって権力の座に就き続けていることで、「ヨーロッパ最後の独裁者」と呼ばれている。ところが現在、「不正選挙」があったとして反体制運動が加速。抗議する市民に対しては、軍や政府機関が権力側について反政府運動の弾圧が行われている。
チマノウスカヤさんの亡命騒ぎとほぼ時を同じくしてこんな事件も起こっている。
「ウクライナに亡命していたベラルーシの反体制活動家で、現政権の弾圧を逃れてウクライナに逃れてきたベラルーシ人を支援していた男性が8月2日に行方不明となり、3日に遺体で発見されました。行方不明になったのは、この男性がジョギングで外出してから。結局、公園で首つり遺体で発見されたんですが、ベラルーシにいた時に反政府デモに参加して以来、尾行などの持続的な監視を受け、遺体を見た人物によれば鼻が折れていたといいます。明らかに不審点が多いということで、現地警察は自殺を装った殺人の容疑で捜査を行っています」(前出・記者)
死亡した理由は未だ不明だが、当然のことながら反政府運動との関わりが疑われ、特にこんなことがあれば政府批判を行って目を付けられた人ならば粛清を恐れるのは当然だ。そして実際、チマノウスカヤ選手は昨年夏に政権批判を行った過去がある。
また、同国内では人里から離れた山林の中に、反体制派の政治犯を収容する強制収容所が建設されているのではないかという疑いも持ち上がっている。
「首都のミンスクから車で1時間離れた森林の奥地にある建物がそれです。無人ながら3重の電流フェンスと軍の警備で守られたこの施設がある場所は、もともと旧ソ連時代のミサイル収蔵施設の跡地。反政府活動団体が入手したという内務副大臣の声とされる音声では、強制収容所が必要と発言しています。まさにこの施設がそれではないかというわけです」(前出・記者)
チマノウスカヤ選手は当初はオーストリアへの亡命を希望していたものの、「反応が早かった」というポーランドに落ち着いた。当初は日本から直接ポーランドのワルシャワに飛ぶ便に搭乗する予定だったが、急遽日程を変えてオーストリアのウィーンへ行く航空機に乗り換えるという念の入れようだった。
(猫間滋)