今も駅のホームや構内でよく見かける立ち食いそば・うどん店。昔からある駅の代表的なファストフードだが、北海道の音威子府駅(おといねっぷ)構内の〝日本最北の駅そば屋〟の「常盤軒」は、コロナ禍で休業したまま今年2月8日に突然閉店を発表。多くの鉄道ファン、そば愛好家たちに衝撃を与えた。
ただし、その理由は長期休業による経営難ではなく、店主の西野守さんが亡くなったため(享年84)。旭川~稚内を結ぶJR宗谷本線のほぼ中間に位置する同駅の列車の発着本数は、上下線合わせて1日にわずか14本。駅のある音威子府村は北海道の自治体では最小となる人口656人で、本来はそば屋があるような駅ではない。しかし、かつてはオホーツク海側を通って稚内方面へ向かう天北線との分岐駅で交通の要所でもあった。
常盤軒は創業した1930年代当時は駅弁販売を行っていたが、後に駅そば屋を開業。音威子府は日本のそば生産地の北限で、通常は取り除く外側の甘皮が付いたまま製粉して麺が他のそばよりも黒っぽいのが特徴だ。つゆも出汁には道内産の利尻昆布を使用しており、駅そばらしからぬクオリティの高さで〝日本一美味しい駅そば屋〟とも謳われていた。
89年の天北線廃止後も人気は変わらず、近年はお昼限定の営業ながら常盤軒目当てのお客が全国から訪問。18~19年には健康上の理由で約8カ月間休業し、このまま閉店かと噂された中での営業再開にファンたちは大いに喜んだが、今度はコロナの感染拡大で昨年2月から再び休業に。その後、店のシャッターが再び上がることはなかった。
でも、筆者は再度休業に入る直前の20年2月上旬、常盤軒に立ち寄っている。この時は他のお客さんもいたので少し言葉を交わしただけだったが、「来てくれてありがとうね。こうして遠くから食べに来てくれる人がいるのは駅そば屋冥利に尽きるよね」とうれしそうに話していたのを覚えている。今も村内の複数の飲食店で音威子府そばを食べることができるが、駅そばならではの旅情があっただけに姿を消してしまったのは本当に残念だ。
なお、現在の駅そばの北限は、音威子府駅から約75キロ南にある同じ宗谷本線の士別駅。待合室併設された売店と一緒に営業している「フーズサービスささき」。こちらもファンの間では有名なお店だが、今後は新たな駅そばの聖地として注目されていくかもしれない。
(高島昌俊)