金正恩委員長の歯ぎしりの音が聞こえてきそうだ。
米国のジョー・バイデン次期大統領が「勝利宣言」したのは11月7日夜(現地時間)のこと。各国がこのニュースを大々的に伝える中、「労働新聞」をはじめ「朝鮮中央通信」など、北朝鮮の主要メディアは、その事実を一切報道していない。
とはいえ、北朝鮮事情に詳しいジャーナリストは「北朝鮮メディアの“沈黙”はさほど不思議なことではない」としてこう続ける。
「2008年にオバマ大統領になった際、北朝鮮がそれを報じたのは当確から2日後、12年の再選時も3日後でした。16年のトランプ大統領当選時も当確から2日後でしたが、この時はトランプ氏の名前すら明記せず、ただ『新政権が発足された』と発表しただけでしたからね。トランプ氏が11月15日にツイッターで『バイデン氏が勝ったのは選挙が不正だったからだ』と、はじめてバイデン氏の勝利に言及したものの、いまだ鳴りを潜めている状態です」
金委員長とトランプ大統領とは、すったもんだはあったものの、3回にわたって歴史的とも言える首脳会談を行い、親書も交換した仲。そんなこともあり、トランプ氏への”忖度”もあるのかと思いきや、
「トランプ氏とは『ロケットマン』『米国の狂った老いぼれ』と罵りあいながらも、多少は関係の改善が見られ、18年6月にはシンガポールで首脳会談が実現したという経緯がある。ところが、バイデン氏についてはオバマ政権の副大統領時代から激しく忌み嫌っていましたからね。あるいは、金委員長に、バイデン大統領なんて受け入れられない、という気持ちが強く働いている可能性もありますね」(前出・ジャーナリスト)
両者の確執はオバマ政権時代からとされるが、亀裂が決定的になったのは昨年11月11日の演説だったという。
「バイデン氏はこの日、アイオワ州で行った演説で、トランプ氏と正恩氏が親書のやり取りをしていることに触れ、『この大統領(トランプ氏)は、虐殺者とラブレターの話をしている。この男(正恩氏)は、テープルの向こうにいた叔父の脳みそを吹き飛ばし、兄を空港で暗殺させた。社会的には何の価値もない男だ』と張成沢氏や金正男氏の殺害事件への関与を非難したんです」(前出・ジャーナリスト)
するとその3日後には朝鮮中央通信がバイデン氏について「政治家としての品格はおろか、人間の初歩的な体裁も備えられなかったバイデンが先日、われわれの最高の尊厳を冒とくする妄言をまたもや吐いたのである」と非難。さらに次のようにコキおろした。
「大統領選挙で2回も落選しても三日飢えた野良犬のように歩き回り、大統領選挙競争に熱を上げているというのだから、バイデンこそ、執権欲に狂った老いぼれ狂人である。それに痴呆末期症状まで重なって自分が仕えていたオバマの名前まで忘れて『私の上司』と言ったのを見ると、今やあの世へ行く時になったようである。バイデンのような狂犬を放置するならより多くの人々を害するので、もっと遅れる前にこん棒で撲殺すべきである」
そして、大統領選挙の投票日を控えた10月23日のトランプ氏との討論会で、バイデン氏は自身が大統領になったあかつきには、「核の能力を減少させることに彼(正恩氏)が同意するという条件付きで」と、首脳会談に応じるとの考えを示したのである。
「トランプ大統領は今回の選挙に不正があるとして法廷闘争に乗り出したこともあり、米の分断がさらに激しさを増すことは必至です。そうなれば、米国内で様々な問題が起こり、北朝鮮との外交がそっちのけになることも考えられます。もともとバイデン氏は北朝鮮への関心度が低く、対応としてはオバマ政権時の『戦略的忍耐』が予想されます。つまり、北朝鮮側が譲歩を見せるまではアメリカはなんら干渉はしないという政策が復活する可能性は高い。そうなれば、今まで築いてきた米朝関係が振出しに戻ってしまいますからね。おそらく、金委員長も歯ぎしりしていることでしょうね」
さて、対米関係打開をトランプ氏との「個人的関係」に大きく依存してきた金正恩委員長の心中は……。
(灯倫太郎)