金正男“暗殺実行犯”が釈放されていた!北朝鮮工作員の恐るべき手口とは?

 それはまさに世界中に衝撃を与える事件だった。

 2017年2月13日、マレーシアのクアラルンプール国際空港の出発ロビーで、北朝鮮の最高指導者・金正恩朝鮮労働党委員長の異母兄にあたる金正男氏が殺害され、監視カメラに残された映像から2人の女性が逮捕された。インドネシア人のアイシャさんと、ベトナム人のフオンさん。2人が金正男氏の背後から近づき、じゃれつくようにして接触する映像をご記憶の方も多いのではないだろうか。

「2人が使用したのは、あのオウム真理教が使った猛毒の神経剤VX。それを正男氏の顔に塗りたくったわけですが、取り調べに対し彼女たちは、『日本のテレビ番組用のいたずら動画の撮影のためと言われてやっただけ』と無実を主張。とはいえ、当初は彼女たちが性産業店やパブで接客係をしていたという部分がクローズアップされ、『金のために殺人に手を染めたのでは…』といった現地報道も多く、メディアの論調も大半が『2人は間違いなく有罪で死刑になる』とされ、裁判の行方に世界的な注目が集まっていたんです」(全国紙社会部記者)

 しかし、裁判開始とともに、SNSを通して彼女たちに接触した北朝鮮工作員たちが、いかにして2人を暗殺の実行犯へと仕立てていったのか、その巧妙かつ入念な手口が明らかになり、結果、裁判開始から約1年半後の19年3月にアイシャさんは起訴が取り下げられて釈放。約2カ月後にはフオンさんも傷害罪への訴因変更を経て釈放されることになったのである。

 だが、逮捕された女性たちがどのような経緯で釈放されたか。また、「事件の黒幕」と言われた北朝鮮の工作員の暗殺前後の行動にまつわる情報はほとんど明らかにされていない。

 そんな事件の真相に迫ったドキュメンタリー映画が、アメリカに先駆けて日本で上映中の「わたしは金正男を殺してない」(10月10日より公開中)だ。

「メガホンを取ったライアン・ホワイト監督は、アメリカで最も有名な性セラピストの波瀾万丈の人生を描いた『おしえて!ドクター・ルース』(2019)、聖職者による性的犯罪の闇に切り込んだNetflix・オリジナルシリーズ『キーパーズ』(2017)で絶賛された、気鋭のドキュメンタリー作家。ライアンは2年間にわたり、クアラルンプール、インドネシア、ベトナムで徹底した取材を敢行。映画ではアイシャさんとフオンさんをはじめ、事件の真相を追っていたマレーシアの記者やワシントン・ポスト記者、弁護士、さらに彼女たちの家族や友人など、数々の関係者から証言を得ており、報道されていない、いわば闇に隠されていた事件の裏側が次々と明らかにされています。マレーシアで有罪となったら早期の死刑は必至。ライアンは2人の公判が始まる前から本作の製作に着手していたといいますから、映画からも、間違いなくその熱量が伝わってくるはずです」(映画雑誌ライター)

 北朝鮮事情通によれば、金正恩氏は海外で自分がどのように報道されているかを、常にチェックしているそうなので、同氏が何らかの方法でこのドキュメンタリー映像を入手している可能性は、きわめて高い。

 事実は小説よりも奇なり。奇想天外なスパイ映画をも凌駕する歴史的な暗殺劇の全貌に迫った同映画の感想を、ぜひ金正恩氏にも聞いてみたいものだ。

(灯倫太郎)

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