「3分で250億手を読んだ」藤井聡太二冠を撃破した羽生善治の“青野流戦法”

 史上最年少でタイトルを獲得するや、続けざまに二冠を達成した藤井聡太。「藤井フィーバー」の勢いそのままに三冠目も狙ったが、そこに立ちはだかったのが「かつての天才少年」羽生善治だった。新旧の天才対決は、羽生の大勝利。その裏には準備万端の「虹プロ戦法」があった。

 9月22日に開幕した注目の「第70期王将戦挑戦者決定リーグ戦」。今や勢いが止まらない藤井聡太二冠(18)に、これまで4戦4敗と苦汁を舐めている「元七冠」のレジェンド・羽生善治九段(50)が挑む形となった。古くからの将棋ファンならば、新旧の天才同士の対決であり、将棋界の人気を牽引した世紀の対決に、いつにない興奮を覚えたことだろう。その結果は、戦前の予想を覆す羽生の勝利。まだ世代交代は許さないとばかりに、藤井の前に立ちはだかったのだ。

 激闘の模様を、屋敷伸之九段が解説する。

「トップ棋士同士の対局だけあって、終始難しい将棋でした。後手の羽生さんが『横歩取り』の戦型に誘導したことで、序盤から中盤にかけて激しい展開を見せていました。早い段階で飛車角交換を行った藤井さんが押しているムードで、昼休憩後の35手目には67分の長考の末に筋違いの角を打っていく攻撃的な手を指しましたが、終盤には羽生さんの詰め将棋のような筋に呑み込まれる形となってしまいました。藤井さんが本局で用いた作戦は『青野流』と呼ばれる横歩取り対策で、5八玉と上げて、右の桂馬を跳ねていく指し方で、現在最有力とみられています」

 この「青野流」とは、青野照市九段が考案した「横歩取り」の戦型で使われる戦法。18年には、将棋の斬新な戦法の開発者に贈られる「升田幸三賞」に輝くほど大流行した定跡を放った藤井。いわば最先端の戦法に、羽生はさらに一枚上手をいく作戦で藤井のAI将棋をも粉砕したのだ。

「『横歩取り』は激しい戦型になるので、慎重に指さなければ陣形が空中分解してしまいます。今回の対局では、低い陣形で迎え撃つ『青野流』対策をしっかり講じていたと思います」(屋敷九段)

 あえて羽生が「横歩取り」を選んだのには訳がある。この戦法こそ、藤井が最も苦手とする戦型で、羽生は研究を尽くして、藤井戦に臨んだと言えるのだ。

 最近、日本の音楽界を席捲する韓国人プロデューサーJ.Y.PARKが「日本人アーティスト育成プロジェクト」として「虹プロジェクト」を立ち上げ、「NiziU」なる日本人ガールズグループをブレイクさせた。果敢に日本の市場に攻め込んだのと同じく、羽生もまた慎重かつ大胆に対策を練り、「藤井攻略」のために「虹プロ戦法」を採用したのだった。観戦記者が語る。

「プロデビューから高勝率を維持する藤井二冠ですが、『横歩取り』で進んだ対局は5勝6敗(未放送分含む)で負け越していました。12日の『JTプロ公式戦』でも同戦型に苦杯を喫しました。ですが、前戦となった15日の『第28期銀河戦』の決勝トーナメント2回戦で、永瀬拓矢王座に『横歩取り』で勝ち星を上げて、苦手払拭に手応えがあったのでしょう。羽生九段は『角換わり』『相掛かり』『矢倉』など、序盤の戦型パターンが広い棋士です。前戦の棋譜を見て研究したうえで誘い水をまいたのかもしれません」

 羽生本人はこの「横歩取り」を藤井対策の戦型として、事前に用意していたかは明言していない。だが、これまで難攻不落と思われていた藤井の「急所」を一撃するには十分な戦法だった。しかも、下手をすれば命取りになりかねない難しい戦型に挑んだ背景には、羽生の勝負に対するなみなみならぬこだわりがうかがえる。さらには対局の終盤には神の一手ならぬ「羽生マジック」で格の違いを見せつけていた。

「詰め筋がスタートした66手目の7九龍の手です。世界一の将棋AIソフト『水匠』が最善手とはじき出すまでに250億手読む必要がある手を、わずか3分で導き出しました。先の棋聖戦で藤井二冠の妙手が6億手読んだ先の手であると話題になりましたが、さらに上を行く一手を羽生九段が繰り出したのです」(観戦記者)

 長年の経験を踏まえた円熟の指し手に、さすがの藤井もついに、初の敗北を喫してしまったのだ。

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