巨人・澤村「三軍降格」はまだ甘い!? 四軍に突き落とされた投手が見た“地獄”

「三軍への降格は阿部慎之助二軍監督からの提案でした。阿部二軍監督が現役だった頃には、試合中にけん制のサインを見落としたことでマウンドに出向いてポカリとやったこともあります。三軍行きというと、かなり屈辱的な印象を与えるかもしれませんが、2人は中央大学の先輩後輩の仲ですし、原監督もこの荒療治には理解を示しているそうですから、いずれは一軍のマウンドでかつての輝きを取り戻してくれるのではないでしょうか」(スポーツ紙記者)

 8月11日にスポーツメディアがいっせいに報じた巨人・澤村拓一投手の「三軍降格」。一軍を主戦場としてきた選手が、不調のため一軍登録を抹消されて二軍で調整することは珍しくないが、三軍まで落とされるのは極めて異例。前代未聞のケースと言っていい。

「7月上旬に守護神のデラロサが故障で離脱した際、宮本和知投手チーフコーチは、澤村に大竹寛、中川皓太、高木京介を加えた4人を日替わりで起用する“クワトロクローザー”の可能性を示唆していましたが、抑えとして結果を残したのは、実績十分の澤村ではなく中川でした。それどころか澤村は中継ぎや先発でも結果を残せず防御率は6点台と低迷。7月26日に登録抹消され、ファームの試合でも精彩を欠いた投球内容に、阿部二軍監督が『二軍でも投げさせられない』として三軍降格を決めたのです」(スポーツライター)

 今後は実戦投球ではなく、イメージトレーニングなどでメンタル面の強化に努めるという。

「ただ、三軍と言っても、練習施設は二軍と変わりませんからね。ファームの試合で投げる機会を失ったというだけで、今後は三軍コーチの指導のもとで自分のペースで調整していくと聞いてます。もっとも心配なのは、やはり澤村の精神状態。新人王やセーブ王などのタイトルを獲得した投手が、三軍降格という不名誉な状態に耐えられるか…。自暴自棄にならなければいいのですが」(前出・スポーツライター)

 だが、この三軍よりもさらに“格下”となる「四軍」の存在についてはあまり知られていない。澤村以上の“地獄”を見た選手がいるという。

「2005年に育成ドラフトが導入されてから、巨人は3年間で11人もの育成選手を指名しました。どこの球団もそうでしたが、選手が増えたことによって、二軍や三軍の試合にも出られないケースが続出。独立リーグや社会人チームとの練習試合を増やすことで対処しましたが、それでも“実戦不足”が問題視されました。そこでイースタンの連合チームに選手を派遣することもあったのですが、これが四軍の扱いと言われたものです。また、中日が最下位に沈んだ1997年のシーズンでは星野仙一監督(当時・故人)が、オープン戦で結果を残せなかったドラ1投手に『お前なんか知らん! 一人で練習しろ』と激怒。その選手は三軍の練習が終わった夕方頃に屋内練習場に行って、コーチやトレーナーもつかない状況で、一人で黙々と汗を流したそうです。この状況を当時のスポーツ紙は『四軍降格』と書き立てたものです。ただ、その投手は30代半ばまで現役を続け、在京球団のコーチにも就任。“愛のムチ”はけっして無駄ではなかったと信じたいですね」(前出・スポーツ紙記者)

 三軍降格が伝えられた澤村はまだ32歳。この思い切った豪腕再生計画は吉と出るか、阿部二軍監督の手腕もまた試されようとしている。

(渡辺俊哉)

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