今さら聞けない「コロナ治療薬」、内科医が「感染〜重篤化」段階別に徹底解説

 緊急事態宣言は解除されたが、新型コロナウイルスの第2波はいつ襲ってくるかわからない。今、最も求められているのは、決定的な特効薬である。現在候補に挙がる薬剤や取り組みは、どこまで効果が期待できるのか。呼吸器内科医として新型コロナウイルスに対峙する、埼玉みらいクリニック院長・岡本宗史医師に分析してもらった。岡本医師によると、感染〜重篤化までの状態は4段階に分けられるという。それぞれの段階で、どんな効果を期待して投薬や治療が行われるのか。

① ウイルスの侵入

 体内に入ったウイルスは自己増殖能力がないため、気道や肺の細胞の表面に存在するACE2と呼ばれるタンパク質に結合。細胞の表面にあるセリンプロテアーゼというタンパク質分解酵素によって結合部分が切り離され、ヒト細胞と融合することで「感染」が起こる。この段階で有効とされる薬がこれだ。

●ナファモスタット〈商品名:フサン〉

「ナファモスタットは、急性膵炎の治療薬として日本国内で長年使われてきた点滴薬ですが、実はセリンプロテアーゼ阻害剤。ウイルスとの融合を防ぐという点で、感染初期の段階では有効かもしれません」(岡本医師、以下同)

●シクレソニド〈商品名:オルベスコ〉

「喘息などの治療薬です。薬の成分がステロイドであり、吸入する形で用いられることから、吸入ステロイド薬と呼ばれることもあります。国立感染症研究所は、薬の作用について新型コロナウイルスの遺伝情報を担うRNA(遺伝子のメッセンジャー役の核酸)の複製(増殖)を阻害したとの見方を示しましたが、私は吸入ステロイドがACE2に作用している可能性を考えています。いずれにしても、今後の研究が待たれます」

②ウイルスの増殖

ヒト細胞と融合したウイルス細胞は、複製のための情報処理を担うRNAの合成を活発化させるRNAポリメラーゼと呼ばれる酵素を作り出し、ウイルスの複製を活発化させる。ここで有効とされているのは、

●ファビピラビル〈商品名:アビガン〉

「これはウイルスのRNAポリメラーゼの合成を阻害する抗ウイルス薬です。用途が限定されているとはいえ、インフルエンザ薬として承認も得ていて、その原理から見れば治療効果が期待できますが、より厳格な検証が待たれます」

●イベルメクチン〈商品名:ストロメクトール〉

「15年にノーベル生理学・医学賞を受賞した北里大学の大村智特別栄誉教授が米企業と共同で開発した抗寄生虫薬です。抗ウイルス剤としての効果があることも判明していて、新型コロナウイルスにも効果的であることを示す研究が最近、いくつか明らかになりました。ただしこれも人体レベルの研究、より厳密な方法を採用し、治療効果を確認する必要があるでしょう」

③抗体の形成

 感染初期はIgM抗体と呼ばれるタンパク質が現れ、ウイルスを排除しようと対抗し、やがて消失。その後はIgG抗体というタンパク質が出現する。こちらは消えることなく体内に残り続け、再感染の際にもウイルスを中和することで、感染を防御する。

●免疫グロブリン製剤〈商品名:高度免疫グロブリン製剤〉

「こちらは現在開発中のもの。感染から完全回復した患者の血漿(血液から赤血球や白血球などを除いた成分)を採取、そこに含まれるウイルスを除去ないし不活性化する処理を経て精製される薬剤です。抗体の成分だけを凝縮するので、その効果は期待できます。ただし、抗体の質と量には注意が必要です」

④重症化

 抗体が暴走したり、ウイルスの増殖や破壊を果たせない状態。急性呼吸窮迫症候群(ARDS)と呼ばれる呼吸不全に陥ると、人工呼吸器などによる呼吸管理が必要となる。また播種性血管内凝固症候群(DIC)を引き起こすこともあるが、この場合、全身の血管内に血栓が生じると同時にそれを溶かそうとする反応(線溶活性化)が起こり、臓器障害、出血多量、血圧低下に陥ることも。これらの致命的症状に効くものは─。

●トシリズマブ〈商品名:アクテムラ〉

「新型コロナウイルスの重症患者の場合、ヒトの体を守るための免疫機能が過剰に働くことがあり、炎症性のサイトカイン(免疫機能のある白血球から分泌されるタンパク質)が大量に生産されることをきっかけに、逆に重篤な肺炎などといった有害事象を引き起こしてしまうようなケースがあることが報告されています。サイトカインの活動を抑えるこの薬は、最も効果を期待できそうです。またDICには抗凝固剤なども有効とみられます」

●血清療法

「ウイルスに対する免疫抗体が含まれている血清、あるいは血漿を感染者に投与する、いわば輸血のような療法です。新型コロナウイルスに驚異的な効果を示すデータが報告されていますが、このデータ自体が、やや厳密さに欠ける印象があります。より厳格な比較試験などを行う必要があるでしょう」

 いずれも可能性は十分だが、精度を上げるにはさらなる研究が必要ということだ。その一方、期待を裏切る薬品も存在する。

「エボラ出血熱の治療薬として開発されたレムデシビル〈商品名:ベクルリー〉は、RNAポリメラーゼの合成を阻害するため、治療薬として特別承認されましたが、厳格な条件下で行われた中国や米国立衛生研究所(NIH)の臨床試験の結果を見ると、期待したものとは程遠かった印象があります。また、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)での有用性が認められることから期待されていたロピナビル・リトナビル〈商品名:カレトラ〉は、3月18日の海外医学誌オンライン版にそれを否定する論文が発表され、『新型コロナウイルスにおいては、標準治療(科学的な根拠に基づいて、実際に行われている最良の治療)よりも有効とは言えない』と断じています。今後、臨床の現場でこの薬が使われることはなくなってくるとみられます」

 まさに、コロナ治療薬の現在は「玉石混交」のひと言に尽きる。これらの薬剤から一条の光が見えるのか、それともまったく新しい治療法が生み出されるのか。まだ予断は許さない。

※写真はイメージです

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