今回は、好評を博している当欄の小説連載「松尾国男大使の華麗なる半生」はお休みして、ロシアの核政策について記す。日本の安全保障環境に大きな影響を与えかねない問題だからだ。
〈米ネットメディアのアクシオスは(7月)12日、欧州やイスラエルの情報筋の話として、ロシアのプーチン大統領がイランに対し、「ウラン濃縮の完全な放棄」を求めていると伝えた。ただ、イランは「検討しない」と回答したとしている〉(7月13日「朝日新聞」デジタル版)
この報道が正しいとすると、プーチン氏はイランの核兵器開発だけでなく、自前でウランを濃縮、もしくはプルトニウムを抽出し、原子力発電を行うことも禁止する姿勢を示したことになる。ウラン濃縮技術をイランが維持していると、核兵器開発が行われ、ロシアにとって脅威になるというプーチン氏の認識が表れている。
ロシアが本音では、イスラエルとアメリカによるイランの核開発施設破壊を目的とした空爆を歓迎していることがうかがえる。
他方、ロシアは北朝鮮の核開発に関して、別の姿勢を示した。7月12日に北朝鮮の元山を訪問したロシアのラヴロフ外相が北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党総書記、崔善姫外相と会談した。興味深いのは、外相会談の内容だ。
〈ラブロフ氏は同日、崔善姫外相とも会談。その後の会見で米国と韓国、日本が北朝鮮周辺で軍事施設を建設し、ロシアと北朝鮮に敵対していると批判した。「北朝鮮の行動を尊重する。核開発の理由を理解している」と核開発を容認する姿勢を示した。
一方、崔氏は会談で、「ロシアの主権と領土の一体性を無条件に一貫して支持し、新たな対話の全項目を実施する用意がある」と述べた。
北朝鮮は、ウクライナの越境攻撃を受けたロシア南西部クルスク州に派兵したが、会談で追加の派兵や派遣地域の拡大を協議した可能性がある〉(7月12日「朝日新聞」デジタル版)
ラヴロフ氏は、「北朝鮮の行動を尊重する。核開発の理由を理解している」という持って回った言い方だが、現時点においてロシアが北朝鮮の核開発に反対しないというシグナルを出している。これは、プーチン大統領が、イランに対し、「ウラン濃縮の完全な放棄」を求めているとする報道と対照的だ。
脅威は、意志と能力によって構成される。北朝鮮よりもイランの方が潜在的にロシアを攻撃する意志があると、プーチン氏やラヴロフ氏は考えているのだと思う。
ロシア領クルスク州におけるウクライナ軍とロシア軍の戦闘に北朝鮮が義勇兵(傭兵)を送ったことにより、ロシアの北朝鮮に対する信頼感が飛躍的に深くなっていることを示している。
北朝鮮が核兵器を保有した場合、標的になる可能性が最も高いのが在日米軍基地だ。日本に北朝鮮の核ミサイルが飛んでこないようにするためにも、日本政府がイニシアティヴを発揮して北朝鮮と対話を開始する必要がある。
(この項続く)
佐藤優(さとう・まさる)著書に『外務省ハレンチ物語』『私の「情報分析術」超入門』『第3次世界大戦の罠』(山内昌之氏共著)他多数。『ウクライナ「情報」戦争 ロシア発のシグナルはなぜ見落とされるのか』が絶賛発売中。