「ゆきてかへらぬ」の濡れシーン秘話まで 広瀬すずの全てを巨匠・根岸吉太郎監督が語った!(1)準備に5年かけて大正時代を再現!

 名匠・根岸吉太郎が16年ぶりにメガホンを取った映画「ゆきてかへらぬ」が、2月21日から全国で公開される。名脚本家・田中陽造が40年前に執筆した“幻の脚本”の映画化で、天才詩人・中原中也、文芸評論家・小林秀雄、女優・長谷川泰子の後戻りできない青春や恋愛をビビッドに描いた新作の舞台裏を根岸監督が明かす。

──品格のある美しい作品ですね。見終わって、すぐにそう思いました。

根岸 すべて優秀なスタッフのおかげです。恵まれていました。

──多くの映画人が映画化を希望した幻の脚本だったそうですが、映画化に至るまでについて教えていただけますか。

根岸 40年以上前にあるプロデューサーが作ろうとしたのですが、それは叶わなかった。自分が読んだのは20年ぐらい前でしたが、素晴らしい脚本だと惚れ込んで、撮れるのを願っていました。

──その脚本家・田中陽造さんとのコンビでは「ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~」(09年、東宝)が大評判となりました。撮ることができたのは、それも大きかった。

根岸 そうですね。今回と同じように文学者を扱ったものだったし。あの作品があったから、これに向かえたのは確かです。

──大正時代を再現するのは大変だったと思います。セット一つ作るにしても、簡単ではないですよね。お金もかかるでしょうし。

根岸 準備に5年間ぐらいかかったかな。撮るにあたっては広瀬すずさん(26)が出演してくれたことが大きかったですね。長谷川泰子役は彼女にやってもらいたかったので「やりたいです」と返事をもらえた時はうれしかった。

──広瀬さんが出るとなれば、お金も集まりやすいですよね。

根岸 もちろんですが、そう単純でもないですよ。

 映画は、泰子(広瀬すず)が2階の軒先から瓦屋根に置いてある柿を発見し、それに手を伸ばすことから始まる。その眼下の通りに赤い番傘をさした中也(木戸大聖・28)が通り、2階から降りてきた泰子は中也と出会う。実は、柿は中也が詩を書くために置いていたものだった─。

──瓦屋根をはじめ、当時の京都の街並みが見ものとなっています。

根岸 水に浸って黒光りした瓦屋根の美しさを味わってもらえるとうれしいですね。あの場面は橙色の柿と黒い瓦屋根とのコントラストを意識して撮っています。さらに言うと、通りの道幅もこの長さでと、きっちり決めて作っています。

──撮影はその場面からスタートしたんですよね。

根岸 この出会いのシーンから始めて、3人の心の流れを追うように順番に撮っていきました。それが、何よりよかったですね。

──実在した歴史的人物を描くとなると、キャスティングが特に重要となります。例えば、中也役の木戸大聖さんは、どのように選んだのですか。

根岸 最終オーディションで決めました。今の人は身長が180センチ以上の人が多いので、小柄な中也にそぐう役者がなかなかいない。それに、彼が主演したドラマ「First Love 初恋」(22年、Netflix)がよかったので。

──17歳の中也は最初、泰子に「私に手を出したら承知しないわよ」と言われますが、すぐに認められて同棲するようになります。

根岸 あのくらいの年齢で年が3つ違うのは、やはり大きい。でも、泰子はこの子は他の人とは何か違うものがあると思い、認めていく。そのことは中也も同じだった。

──中也がローラースケートを楽しむシーンは初めて見ました。本当にあった話なのでしょうか。

根岸 陽造さんが独自に作られたものです。花札やビー玉、回転木馬なども、中也の詩にインスパイアされてのものですね。

根岸吉太郎(ねぎし・きちたろう)1950年生まれ、東京都出身。74年、早稲田大学第一文学部を卒業後、日活に助監督として入社。78年「オリオンの殺意より 情事の方程式」(日活)で監督デビュー。以降、コンスタントに作品を発表。その演出力の高さで、日本を代表する監督の1人に。代表作に「遠雷」(81年、ATG)、「ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~」。

(インタビュー・構成/若月祐二)

映画「ゆきてかへらぬ」(配給:キノフィルムズ)は2月21日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開。
ⓒ2025「ゆきてかへらぬ」製作委員会

*(2)につづく

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